第16話 湖底での決意
私は慌てて先生を追いかけて、先生の隣に並んだ。
先生は前を泳ぐマナティを見ながら、心なしか目を輝かせているように見える。こんな先生の顔を見たのは初めてだ。
「あ、あれはなんでしょう!」
マナティの先、白い石に囲まれた丸いプールのような物がある。その中央には半分になってしまった何かの像が立っていた。
「……女神の噴水だな。似たようなものを見たことがある」
確かに折れてしまった像の下半分は、女の人の体に見えなくもない。
噴水を囲むように白い石の道が広くなっている。ここは、昔は広場かなにかだったのだろうか。
水草の陰から、ぬっとまたマナティが顔を出した。三頭ものマナティが顔を出し、私と先生の頭上を通り過ぎて行ってしまった。
歩きながら、道の脇に立つ石造りの建物を覗くと、中には大きなマナティが一頭と小さなマナティが並んで水草を食んでいた。
「ここはもうマナティの町なのかもしれませんね」
「……そうだな」
少し俯いてしまった先生が気になったが、私たちはその後もマナティを追いかけた。
マナティは、町の細い路地を縫うように泳ぎ、どんどん私たちを町の奥へと案内する。
マナティが私たちを案内したのは、一際大きな建物だった。ちらりとこちらを振り返ってから、「ついてこい」とでも言いたげに建物の入り口をくぐって、中へと入っていく。
私と先生は顔を見合わせて頷いてから、建物へと足を踏み入れた。
入ってすぐに高い天井のロビーのような空間が現れた。中央には階段があり、二階へと続いている。マナティは階段を使わずに二階へと泳いで行った。
「待ってて、私たちは階段で上がるから」
私がそう言うとマナティはひれをふわふわと動かしてから、頷く。
私と先生が階段を使って、二階へと上がった。二階は壁を伝うように左右に廊下が続いていて、マナティは右側の廊下へと泳いでいく。追いかけると、マナティは廊下の突き当り、一番奥の部屋へと入っていった。
「こ、これは……」
マナティが案内したのは、水色のタイル貼りの部屋だった。その部屋の中央には、金色の猫の足のようなものが四足生えた白くてつるんとした物がある。大きな桶のようだ。
覗いてみると側面の部分に魔導セルと同じ水色の石がはめ込まれている。
「あぁ、保温機能付きの湯船だな。こんなに状態がいいのは、初めて見た」
先生がそれに近づくと先生の胸ポケットから、「ピピ。古代遺物を発見。探索を完了します」とピピちゃんが言った。どうやらこれが目的の遺物らしい。
「ほおんきのう? ゆぶね? 何です、それは」
先生はぎょっとした顔で振り返った。
「保温機能はともかく、この国には湯船もないのか?」
「そんなこと知りませんよー。私は初めて見ました」
先生は私に、まるで可哀そうなものを見るような目を向けた。
「なんです、その目は!? このゆぶねとかいうものは、そんなにいいものなんですか!?」
「よし、決めた。持って帰ろう。君も使えばこれの良さが分かるはずだ」
そう言うと先生は、背負っていた黒い布製のリュックサックを下ろして、被せを開けた。そして、リュックサックの口の部分を湯船の端に近づけた。
その時――
するんと吸い込まれるように、先生のリュックサックに湯船が吸い込まれて消えたから、私はその場で腰を抜かしてしまった。
先生は何事もなかったかのようにリュックサックの被せを閉めて、私に向き直った。
「な、な、な、なんですか、それは!?」
「マジックバックだ。これは他国では割かし流通してるんだけどな……この国は、遺物の使用を禁止にでもしているのか……」
私は訳が分からなくて、ぶんぶんと首を横に振った。
先生は驚く私に手を貸して立たせると、リュックサックを難なく背負った。重くはないのだろうか……
湖底の大きな建物を出た私たちは、案内をしてくれたマナティに礼を言って別れた。マナティは、手を振るようにひれを振り、水草の森へと消えていった。
私と先生は、来た道を戻る。生まれて初めて冒険をしたせいか、先生と一緒に遺物を見つけられたせいか、私の心臓は高鳴っていた。
こんなにどきどきするのは、きっとこれが人生で最初で最後なんだろう。
私はこの思いを一生忘れないでいられるように、胸の前で両手を組んで、創世の女神に祈った。
「先生……今日は連れてきてくれて、ありがとうございました」
少しだけ前を歩いていた先生は、私の言葉に立ち止まって振り返った。
「私……聖都にいた時は、外に出たいだなんて、考えたこともなかったんです」
神殿にいたころ。神殿は私の全てだった。
「毎日、同じことの繰り返しで……それが一番だって、思ってたんです」
朝から晩まで働くだけの人生。
何も特技のない私には、あの狭い世界だけが唯一の世界だって思いこんでいたのかもしれない。
でも、先生の隣で見る景色を知ってしまった今では、それが本当にもったいないことのように思えた。
「先生と最後にここに来られて、良かった」
この思い出があれば、私はこの町で先生のことを思い出しながら生きていける――そんな気がした。
誰かの代わりにしかなれない私には、贅沢すぎる思い出かもしれない。
「役立たずの私に、こんな素敵な思い出をくれて、ありがとうございます」
先生は私の言葉を聞いて、こちらへ戻ってきた。
「君は、役立たずなんかじゃない」
「え……?」
先生の私を見つめる目は真剣だった。
「君は動く家にいる間、毎日真面目に魔導セルを充填した。町でも一日しっかり働いてきた。さっきだって、君の神聖術がなければ、遺物は見つからなかったかもしれない」
先生の言葉に目の奥が熱くなった。
「君はもっと、自分を認めていい。甘やかしてもいい。……自分のしたいことをしていいんだ」
先生の言葉は深く私の中に刺さるようだった。
「……本当に?」
「あぁ、本当だ」
「私……今日みたいな景色をもっと見たい」
先生は、私から目を逸らして、頬を掻いた。
「世界には、君の知らない景色がまだまだある」
先生の橙色の瞳がどこか迷うように、わずかに揺れていた。
「……君が見たいなら」
先生はここで言葉を切って顔を上げた。
先生の目に他の誰でもない、私がしっかりと写っていた。
「一緒に行くか?」
私は、その言葉に呼吸が止まった。
思わず口もとに手をやって、ぎゅっとその言葉を噛みしめるように、胸の前で手を握った。
先生の隣を歩けるなら、女神様に怒られたっていい。
「……はい。一緒に行きたいです、先生。もっと先生と一緒に世界を見て歩きたいです」
私は、泣きそうになるのを堪えて先生を見上げると先生は優しく笑ってくれた。
「家に帰るか」
「はい、先生!」
私と先生は並んで、湖の中を歩いた。
この輝くような景色を先生と一緒に歩いたこと、私は絶対に忘れたりしないだろう。
湖を出ると、まだ日は高い。真っ青な青空に白い雲が流れている。
私は大きく深呼吸して、外の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
さっきと同じ空気のはずなのに、まるで新しい世界にでも来たように、気分は晴れやかだった。
空を見上げて大きく伸びをした、その時。
湖畔の草を蹴って、こちらへ大急ぎで走ってくる足音が聞こえた。
「 やっと見つけた!」
「ヨシュカ先輩、みーっけ!」
私はその声を聞いて、はっと振り返った。
第二章、完
こんにちは!ポムの狼です!
こちらカクヨムにて【MFブックス】イケオジ小説コンテスト【中編】に応募中のお話です。
6万字までの規定字数がありますので、ここで一度完結とさせていただきますm(_ _)m
万が一、むちゃくちゃ人気が出たり、書籍化が決まるようなことがありましたら、つづきも書きます。
最後までお読みいただき、ありがとうございました(/・ω・)/




