第14話 代替品
「あれ……わたし?」
机の上の絵から、私は目が離せなくなった。
見れば見るほど、私に似ている。
その絵の人は満面の笑みで、こちらを見ていた。
ただ、私は先生にあんなに真正面から写景器で絵にされたことなどないし、服も私が着たことのない上等な珊瑚色のドレスを着ていた。
「なー」
腕の中の猫が鳴いて、我に返った。
ひとまず、この猫に撫でまわしの刑を執行する方が先だ。
私は、先生の部屋の扉をそっと閉めて、階段を降りた。
一階へと下りるとビビちゃんが丁度お掃除を終えたところだった。ビビちゃんが私の腕の中の猫を見て、また目を爛々と光らせたので、猫が私の腕の中で爪を立てた。
「ビビちゃん、落ち着いて。この猫は、今は大人しくなったから捕獲しなくて大丈夫です」
「ビビ。承知いたしました。飼い猫として登録いたします。登録名を教えてください」
「え? 飼っていいの?」
先生、猫が嫌いだったりしないだろうか。
まぁでも、私がこの家を出て行くときに、この子も引き取っていけば問題ないのか?
「ビビ。マスターが留守の間、キャラバンハウスの決定権は全てヨシュカ様に委任されています。登録名を教えてください」
「そう? じゃあ、どうしようかなぁ……」
猫を見ると猫と目が合って、「なー」と可愛く鳴く。全身真っ黒な毛に金色の目。尻尾は私の腕をぱたんぱたんと撫でている。
「じゃあ、クロにします」
それしか思い浮かばなかった。しゃれた名前にしてあげられなくて、ごめんよ。
「ビビ。クロで登録が完了いたしました」
ビビちゃんは、そう言うと冷蔵庫からミルクを出して、小さな金属のボールに注ぎ、床に置いた。
クロは、私の腕からぴょんと飛び降りて、ミルクをなめ始めた。
私はその後クロと遊んですごした。
クロはまだ小さいからか好奇心旺盛なようで、さっきから私のキュロットの裾と戦っている。
私はキュロットを摘まんで適当に動かしながら、さっき先生の部屋で見た絵のことを考えていた。
先生、そういえば私のこと、知り合いに似てたから追いかけてきたって言ってたっけ。その知り合いがあの絵の人なのかな……
そう考えれば納得がいく。
だって、あれは余りにも似すぎだ。
もしかして、先生が私によくしてくれるのも、あの人に似てるからなのかな……
そっか……そうだよね。私みたいな役立たずに親切にしてくれるなんて、おかしいもの。
胸の奥に針が刺さったみたいに痛い。
私は結局、神殿を出ても、誰かの代わりにしかなれないのだ。
「なー」
考え事をしていたから、キュロットを動かす手が止まっていた。
クロが不思議そうに私を見上げて、ぴょんと膝の上に乗る。ごろごろと喉を鳴らして、私の膝に自分の頭を擦りつけた。
「クロは……ずっと、私といてくれる?」
「なー」
クロのなめらかな毛を撫でる。
膝の上に乗るクロの重さと温かさが愛おしい。
先生が帰って来たら、遺物を探すのをお手伝いして、この家を出よう。
私はやっと、その決心がついた。
先生は、その日の夜に帰って来た。クロがまるで飼い主が帰って来たとでも言わんばかりに先生の足に自分の体を擦り付ける。クロが羨ましい……
「先生、お帰りなさい」
「あぁ、ただいま。この猫は?」
「今朝、この家に忍び込んで来たんです。私がこの家を出る時連れていくので、飼ってもいいですか?」
先生は、肩をすくめて笑ってから私から目を逸らした。
「……好きにしなさい」
今日の先生は、初めて見る長い筒のついた魔導銃を背中に背負っていた。それを下ろして、魔導セル部屋へと入る。
「先生、それも魔導銃ですか?」
私は、魔導セル部屋を覗きながら、先生に聞いた。
「そうだ。これは、いつも使っているものより遠くまで玉が飛ぶ」
私はその答えを聞いて、先生の頭の先から足までを観察した。
魔物討伐に行った先生の身なりは、いつもと変わらず乱れてはいなかった。
「……どんな魔物がいたんですか」
「マンティコアだ。国境の関所へ続く山道に住み着いて、道をふさいでいた」
「マンティコア……」
獅子に似た大きな魔物だという話は聞いたことがある。
何年か前に神殿でもマンティコア一体を討伐するのに、大規模な討伐隊を結成した。双子聖女のカリーナとマリーナや神殿騎士で幼馴染のラドスラフがメンバーに選ばれていたが、私は小さい子たちと一緒に留守番係だった。
その時は、討伐隊に死者こそ出なかったが、皆装備がぼろぼろになって帰ってきたのをよく覚えている。先生は、そんな魔物に一人で立ち向かって、こんなに飄飄としていると思うと不思議だった。
先生は、長い筒の魔導銃を分解し、中から魔導セルを数本取り出して、棚に置く。引き出しからクロスを出して、分解した魔導銃を先生は手入れし始めた。
「見ていても、面白いことはないぞ」
先生が丁寧に魔導銃を手入れしている様子を見ていたら、そう言われてしまった。
「見ていたら、駄目ですか?」
もう少しでお別れだから、少しでも先生を見ていたかった。
先生は、私の言葉に困ったように笑った。
「好きにしなさい」
私は、先生の言葉と笑顔が嬉しくて、先生の隣に立った。先生からは、木の幹のような匂いがする。私は、この匂いがたまらなく好きだ。
先生が棚に置いた、透明になった魔導セルにゆっくりと息を吹きかける。
先生がこれからも無事で過ごせるように、願いを込めて。
透明だった魔導セルに水色がたぷんと溜まる。
私は、その魔導セルをぎゅっと握りしめた。
「先生、明日は遺物を探しに行きませんか? お手伝いさせてください」
ここを離れる前に、少しでも先生の役に立ちたい。
先生は、私の言葉に眉を上げてから、「……そうだな」とだけ小さく返した。




