第13話 招かれざる客
先生が私のプリンを期待している!
私は、それで完全にやる気を取り戻すことができた。
今日は、動く家の留守番を頼まれた……頼まれてはいなかった気もするが、私はこの家を先生がいない間守らなければいけないのだ。
「ビビちゃん。今日は、動く家の安全点検をします。家の中を案内してください」
「ビビ。承知いたしました。ビビ。その前に」
「きゃ! なに!?」
ビビちゃんは、どこからともなく櫛を取り出して、私のぼさぼさになった髪に櫛を入れ始めた。髪が引っかかって、地味に痛い。
「ビビ。マスターに留守の間、ヨシュカ様の身なりを整えるように命令されています。子守モードに移行します」
「子供じゃなーい!」
私は、ビビちゃんから櫛を取り上げて、さっさと自分の髪は自分で梳かした。
「ビビ。お着換えもお手伝い――」
「自分でしてきます! ビビちゃんは、待機です!」
「ビビ。待機モードに移行します」
ビビちゃんは空中に浮いたまま、ぴたりと動かなくなった。
私はその間に逃げ出すように二階へと駆け上がった。
着替えなどの身支度を整えた私は、リビングへと下りる。
「ささ、ビビちゃん。探検――もとい点検をしましょう」
「ビビ。案内モードへ移行します」
ビビちゃんは玄関へと向かう。
「ビビ。玄関です」
「知ってます」
だがビビちゃんは私の返事を無視して、次はキッチンへと向かう。これは先が長そうだ。
一階の隅から隅まで、ビビちゃんは丁寧に案内してくれた。
一階に私の知らない部屋はなかった。
大きな窓のある広いリビングにキッチンダイニング。
暖炉とその横に魔導セル部屋があるだけ。
どこかに隠し部屋があるのでは――と期待していたのだが、ひとまず一階にはそういった部屋はないらしい。
「ビビ。次は二階をご案内いたします」
「そうしてください……」
予想通りビビちゃんの説明は長かった。
私とビビちゃんの二人で階段へ一歩踏み出そうとした――その時。
ガリガリ
「何!?」
玄関の戸を何かが引っ掻くような音がして、私もビビちゃんも振り返った。
「にゃー」
鳴き声が聞こえた。そして、玄関の戸についているビビちゃん用の小さな扉が揺れた。
黒くて小さな前足がぬっと扉の隙間から入ってくる。その次にふわふわの頭と三角の耳が動く家へと侵入した。
「ビビ。野良猫の侵入を確認。捕獲モードへ移行します」
「ま、待って、ビビちゃん!」
私が止めるのも聞かずにビビちゃんは一目散に猫へ向かって飛んでいった。猫は耳と尻尾をぴんと立ててから、ちゃかちゃかと床を引っ掻きながら家の中を逃げ始めた。
「あぁ、ビビちゃん……」
ビビちゃんが目を爛々と光らせながら猫を追いかける。
猫は怖かったのか、毛を逆立てて縦横無尽に逃げ回った。
キッチンの籠に洗って置いてあった皿がひっくり返って割れ、食卓の上の花瓶が倒れて、テーブルも床も水浸しだ。
「ビビちゃん、待機!」
「ビビ。待機モードへ移行します」
ビビちゃんは、空中でピタリと動きを止めた。今度から、ビビちゃんの暴走を止めるときは、こうしよう。
「みゃー」
猫はパタパタと階段を上がり、二階へと逃げていった。
私は、しっちゃかめっちゃかになったリビングを見てため息を吐いた。ひとまず片付けるか……
ひっくり返ってしまった花瓶を片付け、割れてしまった皿を慎重に拾う。
「ビビちゃん、お掃除手伝って」
「ビビ。お掃除モードに移行します」
ビビちゃんは、冷静さを取り戻してくれたようで、大人しくお掃除を始めた。ビビちゃんに二階の案内を再開させると、またさっきのようなことになりそうだから、ビビちゃんにはここを掃除しておいてもらおう。その間に私が猫を捕まえる。
完璧な計画に私は腰に手を当てて、ふんすと息を吐いた。
二階に上がってみたが、猫の気配はない。一体どこに隠れたのだろう。
「猫ちゃーん、出ておいでー。撫でまわしたりなんか、しないよー」
聖都の神殿にもよく野良猫が来る。ヴァシル様がこっそり餌をあげているからだ。
私は、猫と遊びたくて、よく追いかけたが、猫というのは追いかけられたり、愛の押し売りが嫌いな生き物なのだ。前科のある私には、それがよーく分かっていた。
私はまず、自分の部屋の戸を開けた。布団の中やベットの下。机の下まで隅々とチェックするがいない。
私はビビちゃん用の出入り口を恨みがましく睨んだ。この家の扉という扉には、全てビビちゃん用の通用口がついている。これがあるせいで、猫がどの部屋にも入り放題なのだ。
私は次にバスルームも探したが、ここにもいない。
あとは、二階の半分の面積を占めている温室か……
階段から反対側。二階の突き当りにあるガラスの扉を押して、私は温室へと足を踏み入れた。むわっとした熱気と土の匂いが鼻をくすぐる。
温室の中には大きな鉢植えが所狭しと並び、その中には緑の野菜が生い茂っている。この部屋には入ったことはなかったが、こっそり覗いたことがあるので実は知っていた。動く家の新鮮な野菜は、ここで育てられ、ビビちゃんが収穫しているのだ。
私は屈んで視線を低くして、植木鉢の隙間に猫が隠れていないか探した。だけどいない。ここだと思ったんだけどな……
「残るは、先生の部屋だけか……」
先生の部屋は、「絶対に入ってくれるな」と釘を刺されているから、入れない。だけど、先生が留守の間に猫が先生の部屋を荒らすようなことだけは、あってはならない気がした。
(留守番を頼まれたんだもの……私がなんとかしなきゃ)
私は温室を出て、恐る恐る先生の部屋へと近づいた。
ひとまずしゃがんで、ビビちゃん用の通用口から部屋の中を覗く。
「にゃー」
「いた!」
猫は先生のベットの上で丸くなっていた。先生の布団に小さな顔を擦りつけている。私だって、先生の匂いを堪能したいのをいつも我慢してるのに!
先生は横にいると、ふわっと木の幹のような匂いが香ってくることがあるのだ。あの布団にはきっとその匂いが沁みついているに違いない。
許せん、あの猫。捕まえたら撫でまわしてやる!
私は、勢いよく先生の部屋の扉を開けた。猫が呑気に「なー」と鳴く。
先生の部屋には入れないが、扉を開けるなとは言われていない……ぎりぎりセーフだろう。
「さぁ、猫ちゃん。大人しくこっちへおいで」
猫は、聞いているのかいないのか、後ろ足でパタパタと耳の裏を掻いた。非常に腹立たしい。まるで、私がこの部屋に入れないことを知っているかのようだ。
私は猫も気になったが、先生の部屋も気になった。先生の部屋は、今猫が転がっているベッドがあるほかに、机と大きな本棚と棚が置かれている。棚の中には、おそらく遺物なのであろう見たこともない物が並んでいた。
「にゃ」
猫がベッドから降りて、先生の机の上に乗った。
「あぁ、やめなさい!」
猫が先生の机の上に立ててあった小さな遺物を前足でつついた。万が一壊れでもしたらと考えると、私は血の気が引いた。
「もう、仕方ない!」
私はふっと自分の指に息を吹きかけ、ぱちんと指を鳴らした。すると若苗色の細い植物の蔓が手の平から伸びてくる。私は、その手を猫に向かって伸ばした。
私の手から伸びた植物の蔓がするっと猫の腹に巻き付いて、猫を捕まえた。蔓は縮み、私の腕の中に猫が「なー」と鳴いて納まった。植物の蔓もぽかんと煙を出して消える。
「まったく、手こずらせないでよ」
猫の背中を撫でて、先生の部屋を出ようとしたが、ふとさっき猫が触っていた遺物が気になった。それは、先生が私にくれた写景器にそっくりな形をしていたからだ。
私は、それを見て目を丸くした。
その写景器に映っていた絵――長いこげ茶の髪に灰青の瞳の女性。
その顔は、私と瓜二つだったのだ。




