第11話 初めての職業体験
「よーし、じゃあうちの食堂の説明からしようか」
屈強な店長は、腰に手を当てて説明を始めた。
私は、メモでも取りたかったのだが、まさか職業案内所に行っていきなり職業体験をすることになるなんて想像もしていなかったから、そんなものは持ち合わせていない。
「開店時間は昼の十一時。この町は国境の関所も近いから、旅行者や他国へ商売に行く行商人なんかがうちの店を使うんだ。閉店は夜の二十時。うちでは酒は出さない。料理の味だけが勝負だ」
メモは取れないから、店長が言ったことを自分の頭の中でぐるぐると反芻する。
「今日、いきなりうちの味を再現しろって言ってもおそらく無理だろうから、開店までに何か一品デザートでも作ってもらおうか。あとは、開店したら給仕や皿洗いでも手伝ってくれ」
無茶ぶりが過ぎるぞ、店長。私が料理未経験者だったらどうするつもりなんだ?
「あ、あの、店長?」
私が恐る恐る手を上げると店長は首を傾げた。
「どうしていきなり来た私に、そんな大役を任せてくれるんですか?」
上手くできなかったらどうするつもりなんだろう。私の心配をよそに店長は豪快に笑った。
「ダリナがうちに連れてきたってことは、それなりのことができると思ったんだよ。心配するな。うちではいつもはデザートを出してないから、誰も比べたりしない」
私は、ダリナをじっとりした目で見たが、ダリナはどこ吹く風だ。
「よし、じゃあ俺は自分の仕込みがあるから、デザートは二人に任せたからな」
店長はそう言うと包丁を手に持って、まな板の上の大きな魚を捌きだした。
「さ、ヨシュカさん、何を作ります? わくわくしますね」
私はダリナの能天気ぶりに顔を顰めた。ダリナは神殿にはいなかったタイプの人間のようだ。
私はため息を吐きたいのをぐっとこらえてエプロンを着た。ここはもう腹を括るしかない。私の中で久しぶりにカチッと何かがはまるような音がした。
「食糧庫を見てみましょう。何を作るかは、それからです」
私は腕まくりをしながら、厨房の奥の食糧庫を見に行った。
日がささないひんやりと涼しい食糧庫には、根菜類など日持ちのする野菜から今朝仕入れたのであろう魚や卵、ミルクまでもが並んでいた。
「ダリナは卵の入った籠を持って」
もう、ダリナに敬語はなしだ。急がないと十一時の開店に間に合わない。
私はダリナに指示を出すと、自分もミルクの入った壺を持って厨房へと戻った。
「何を作る気ですか? ヨシュカさん」
ダリナがしたり顔で笑う。
「それはできてみてからのお楽しみ」
ダリナに頼んで一緒に卵を大きなボールにどんどん割っていく。オレンジ色の黄身のぷるんとした卵が銀色のボールの中いっぱいに溜まった。
それを木べらを使って泡が立たないように混ぜていく。オレンジ色の黄身が弾けて、とろりとした卵液の出来上がりだ。
「ヨシュカさん、手慣れてますね」
「そうだね。ダリナ、湯せんしたいからお鍋にお湯を沸かしておいて」
神殿の大所帯の食事も作っていたのだから、このくらいなら朝飯前だ。神殿で働く人なら誰でもできることである。
卵液にミルクとお砂糖を入れて、また木べらで混ぜる。さっきのオレンジ色にミルクの白が混ざり、綺麗なクリーム色へと色が変わった。
次にダリナが沸かしてくれたお鍋のお湯に今混ぜていたボールごと重ねるように入れる。固まりすぎないように、火を少しだけ小さくした。
ゆっくりと木べらを動かして、クリームの中のお砂糖を熱で溶かしていく。
「ダリナ、今度は器を出して」
「了解!」
ダリナはもう、私が何を作っているのか察してくれたらしく、白いココット皿をたくさん出して、調理台の上に並べた。
湯せんが終わったクリームをお玉で丁寧にココット皿に注いで、一段落だ。
砂糖が溶けた甘い香りが厨房に広がっていた。
「後は、蒸していくよ。ダリナ」
「はいはい」
ダリナは手際よく、お湯を数センチ張った大鍋を用意してくれた。なるほど、店長がダリナを信頼するのも頷ける要領の良さである。
大鍋にココット皿をずらっと並べて、蓋をした。
大鍋の番はダリナに任せて、私は食糧庫にあった大きな瓶に水を入れる。
「今度はなんですか?」
ダリナが視線だけ私に送って聞いてきた。
「うん。せっかくだから冷やした方が美味しいだろうと思って」
私は水の入った瓶にゆっくりと息を吹きかけた。途中で息継ぎをしながらゆっくりゆっくり神聖力を使う。
ダリナが私のしていることが気になるのか、鍋をほったらかしてこっちの様子を見に来た。白く曇り始めた瓶を手で触って、ぱっと手を引っ込めた。
「冷たい! すごい、ヨシュカさん! 水を凍らせてるんですか!?」
何もすごいことはない。氷の神聖術が得意なカリーナがやったら、こんな瓶一瞬で氷漬けにできるんだから。
「……すごくはないよ。私だと、この瓶を凍らせるだけで十分はかかる」
「でも、私にはそんなことできません。すごいと思うんだけどな」
ダリナは首を傾げながら、にこっと笑ってくれた。神殿では褒められたことがないから、私はそれだけでなんだかむず痒くなってしまった。
瓶を凍らせ終わるころには、大鍋のデザートも固まって、私とダリナは鍋からデザートを取り出した。
「綺麗なプリンですね、ヨシュカさん」
「ありがとう。ダリナが手伝ってくれたから、開店に間に合ったよ」
プリンを木製のトレーに並べて、さっき準備しておいた氷漬けの瓶が置かれた棚に入れておく。あとは、お客さんが来るのを待つだけだ。
「開店まで、あと三十分ですね。私、外に行って呼び込みでもしてきます」
ダリナはそう言うとぱたぱたと店を出て行った。
私も布巾で食堂のテーブルなどを拭いて、客が来るのを待った。
昼の十一時。開店と同時に客が食堂にどっと入ってきた。
「聖女のプリンが食べられるという食堂は、ここで合っているか」
先頭で入ってきた商人風の男がそう言ったのを聞いて、私と店長は目を丸くした。
「はい、そうですよ、お客様。どうぞ座ってお待ちください」
後ろから店に入ってきたダリナがそう言って客を席へと案内する。私はすぐにダリナの仕業だと分かった。
「ちょっとダリナ」
私はダリナを厨房の奥へと引っ張った。
「聖女のプリンってなに」
ダリナは、首を傾げ、「なにって、本当のことですよね?」と、全く悪びれる素振りがない。
客が注文をする声が聞こえて、ダリナはすぐに客の方へと言ってしまった。
「ヨシュカ! 手伝ってくれ! 料理が間に合わん!」
「はい! 分かりました!」
スープをよそったり、サラダを皿に盛りつけたりと、味付けのいらない工程からどんどん捌いていく。店長は定食のサーモンフライを揚げるので手がいっぱいだ。ダリナが呼び込みなんかするから、予定外に客が来てしまった。
出来上がった定食セットをトレーに乗せ、ダリナがどんどんお客さんへと運んでいく。
今いる客の分の定食の準備が終わると私はすぐにデザートの最終仕上げへと入った。
「え、そのまま出すんじゃないんですか?」
ダリナが気になったのか覗きに来た。
「ふふふ。姉さま直伝の技を見せてあげよう」
私は、砂糖をプリンの上に塗し、自分の指にふっと息を吐く。
指に灯った小さな火でプリンの上の砂糖を炙ると砂糖がチリチリと溶けて、こんがりと色がついた。
「す、すごいです! ヨシュカさん! プリンの上がパリパリです!」
そう、これは卒業していった紅蓮の聖女のネヴェナ先輩が教えてくれた技なのである。
「どんどんやっちゃうから、ダリナは熱いうちに運んでね」
ダリナは私が仕上げた特製プリンをせっせと客へと運んだ。運んだ途端に客からわっと声が上がる。
「な、なんだ、これは!?」
「こんなプリン見たことないぞ!」
そうだろう、そうだろう。
私は、手を動かしながら、客の声に耳を傾けた。
「うまい! プリンの上の砂糖がパリパリだ!」
「砂糖の温かさとプリンの冷たさがいいな」
客の反応は上々である。
「ここの聖女様は、なんていう方なんだ?」
「え? ヨシュカさんですよ?」
客の一人に呼び止められたダリナが答えた。
「違う、二つ名だよ。聖都の聖女様は、大抵二つ名があるだろ?」
お客さんの言う通り。実は、聖女には二つ名がつくことがある。皆、それぞれ得意な神聖術が違うから、お客さんが覚えやすいように勝手につけるのだ。だが、残念ながら無個性の私に今のところ二つ名はない。
ダリナが視線で私に聞いてきたが、私は「そんなものはない」と、首をぶんぶんと横に振った。
「ないみたいです」
「なら俺たちで考えようぜ」
(えぇ……)
「何がいいだろうか」
客たちが皆腕を組み考えている。異様な光景だった。
「パリパリの聖女とかどうです?」とダリナがさも名案だとでも言わん顔で指を立てた。絶対にやめていただきたい。
「いや、それではだめだ」
立派な商人風の男が立ち上がり、ダリナを止める。
良かった、まともそうな人がいるぞ。
「このプリンはパリパリなどと言う言葉では、形容することができない。もっと崇高な二つ名を考えなければ」
なんだか話が大きくなってきて、逆に不安だ。
「『黄金焦がしの聖女』というのは、どうだ! この黄金色と見事な焦がしの技術、それをストレートに表現してみた!」
(ストレートに表現しすぎだよ!)
私の心のツッコミを無視して、なぜだか周りが感嘆の声を漏らし始めた。
「『黄金焦がし』か……いいじゃないか」
「なんだか縁起もよさそうだしな」
そうだろうか。私には、違った意味に聞こえるぞ。
「よし、じゃあ『黄金焦がしの聖女』様で決定だ!」
食堂中から、わっと拍手が湧いた。
私は、へんてこな二つ名になってしまったことに震えた。
その後も大変だった。
来店した客たちが町の人に「今日、あの食堂には黄金焦がしの聖女様がいる」「黄金焦がしの聖女様が作ったプリンがこの世の物とは思えないほどの美味だった」などと大げさに伝えたからである。
客が客を呼ぶとは、まさにこのことだろう。
昨日、部屋探しをした時に案内してくれた不動産屋さんまで食堂に来て、「かの高名な黄金焦がしの聖女様だったとは露知らず、失礼いたしました」と謝ってきたのだ。さっき決まった二つ名なんだが?
目が回るような忙しさの中で、食堂の窓から見慣れた銀髪が一瞬見えた気がしたのは、先生が恋しくなった私が勝手に見た幻だったのかもしれない。




