ついついそりゃあね
ダンテの世迷い言に適当に相槌を打って、アトリアニとは後日茶会の場を改めて設けてもらう――そう約束して、砦内にある客室でようやく休めるニュクスはベッドに転がっていた。
(疲れたわ……)
体力的にも、ずっと笑顔を維持していたし愛想笑いだけでなく、会話も続けていた。
それ以上に話し合いの場ではアトリアニがひたすら彼女に構ってきたせいで、ダンテがなんとか離そうと目で訴えてきたり言葉を差し込んできてはプレティシャス側の不興を買ったりでその間を上手く取り持つことにも苦労したのである。
ただでさえ、話し合いに高度な問いかけをされたりして持っている情報の引き出し全部を使っても上手く答えられたかどうか怪しいというのに、周りにまで気を使う羽目になったのだから疲れるなという方が無理である。
(……アトリアニ殿下からは、敵意は感じなかったけど……)
しかしながら『敵意がない』は等しく『味方』という意味ではない。
少なくともダンテよりは味方に近しいのだろうが、それでも彼は言ってしまえばダンテよりも更に二手も三手も上手の政治家と既に呼んでいい存在なのだろうとニュクスは肌で感じていた。
そう思うとダンテのことが父親としても王配としても情けなく思うのだが、それはそれ、アトリアニの才覚がそれだけ優れているのだと思うことでニュクスは自分を慰めることにした。
一体何に傷ついているのか、自分でも説明できないところではあったが。
「……シグムンドに会いたいわ」
部屋は当然別だ。
婚約者だからと言って、今回特別に同行させてもらったとはいえ――あまり近いのもよくないとダンテが遠ざけたのである。
本当に碌なことをしない父親だ、とニュクスは心の中で二十個ほどの悪口を呟いてベッドから身を起こす。
廊下に出れば砦の兵士が『どうかなさいましたか?』と聞いてきた。
「シグムンドはどうしているかと思って……見てきてもらえないかしら。私はこの部屋から出ないから、警備を一人にしてはだめ?」
「いいえ、そのようなことは……王女殿下は軟禁されているわけではございません」
「けれど砦を勝手にうろついてはいけないもの。王配殿下にも叱られてしまうでしょう?」
しょんぼりとして見せれば兵士たちも困ったように顔を見合わせ、別の兵に聞いてシグムンドの方を確認してくると言ってくれた。
かつて前の、あるいはその前の人生でアンネローゼがやっていた〝庇護欲をそそる態度〟とやらを試しているわけだがなかなか有用だなあとニュクスは一人感心する。
とはいえこれを多用しては価値がなくなりそうだと彼女は兵士が戻ってくるのを大人しく座って待つ。
しばらくすると、兵士がシグムンドを伴ってやって来たではないか。
「まあシグムンド!」
「ニュクス姫がおれを気にしてくれていると聞いて、いてもたってもいられなくて……」
「まあ、嬉しいわ。……ありがとう、気を使わせてしまいましたね」
シグムンドの言葉に素直に喜びながら、ニュクスは彼を連れて来てくれた兵士にお礼を言った。
様子が知れればいいと思っただけだったが、シグムンドがそれを知り会いたいと言ったその気持ちを汲んでくれたのだ。
なんといい人だろうとお礼を言いたくなるのは当然のことであった。
だが兵士は照れた様子で「いえ、このくらい……」と言いながら二人に「庭の外出許可もいただけてますので、どうぞそちらへ。巡回の兵士たちがいるので適切な距離でよろしくお願いします」と言って去って行った。
「親切な方ね」
「本当に」
ニュクスとシグムンドはとても感動したのだが、同時にあの兵士たちも感動していた。
普段、王侯貴族――特にこの砦は貴族意識の強い者が頂点にいたため、平民の兵士たちは人として扱われずにいたことが多かったのである。
それゆえに大貴族家の後見を得た若き英雄と、驕り高ぶることなく接してくれた王女という組み合わせは彼らにとってとても眩しいものとなり――応援したくなったのだ。
「王女様と英雄様、初々しかったぜ……」
「いいよなあ、応援したくなるよなあ」
そんなことを二人はついぞ知らないままに、庭園で逢瀬を楽しんだのであった。
いわゆる推し活となったのであった……()




