ちょうどいい機会
交渉において大事なことは、相手に損をさせないことだ――と教師からは学んだ。
取り引きをする以上、損が生じない、なんてことは絶対にあり得ない。
ただ長期的な目で見て何が良いことになるのが、プレティシャス側にとって得となる未来が見えるのか……そうした展望を、現実的な数字で示さなければならない。
残念ながら今回ニュクスに許されたのは〝随行〟であった。
とはいえ意見程度述べる機会はあるだろうと思ってある程度は記憶していたことが功を奏し、問われたことにはきちんと答えられて内心胸を撫で下ろす。
しかしながらその事前準備のせいでプレティシャス側にアトリアニと同等の『神童』と勘違いされているのだが、ニュクスはそんなことは知らない。
そもそも大人たちが準備しなかったのが悪いのである。
知っていた準備できて良かった、くらいの認識でニュクスはこの場を乗り切れたことで気持ちは一杯だ。
(プレティシャス側に納得してもらえて良かったわ……!)
おそらく完璧とは言えない。
むしろ粗だらけだったに違いないというのに、アトリアニが満足そうだったことにニュクスとしては不思議な思いだが、あどけなさのある十一才の少女が立派に公務をこなす姿がどれだけ異常なことか、今の彼女にはわからない。
人生四度目の凡才は、やることが多すぎて自分の年齢を忘れがちなのである。
実際には忘れているわけではない。
だがそれが異常だと思う前に、繕わなければと思う前に、やらなければならないという課題の多さに囚われて疎かになっているのだ。
それが誰にどう見られているのかまで意識が及ばず、国内貴族を把握して協力してもらうことで頭が一杯な彼女にはわからない。
ニュクスはあくまで平凡な――それより少し劣るくらいの――女の子に過ぎず、そして彼女は豊富な人生経験のおかげでなんとかなっているだけなのだから当然だった。
とはいえ、周りはそうではない。
堂々と王配の代わりに発言し、他国の王族と意見交換をし、両国の発展について述べる姿は――誰の目にも立派である。
「……有意義な意見交換だったよ、ニュクス殿下。これからも両国の友好のために、またこうして言葉を交わしたいものだね」
「まあ、恐れ入りますアトリアニ殿下」
にっこり笑顔で友好的に言われるとそう悪い気はしないもので、ニュクスもその笑みに答えるように微笑みを返した。
ダンテは周囲から『両国の未来は明るいですな』などと声をかけられて一瞬誇らしげな顔をするものの、戻った時にベアトリスとアンネローゼになんと言い訳するか……それを考えると頭が痛い、といった様子だった。
(……どうせその言い訳を私に考えさせようとしてくるんでしょうね……)
情けない話だが、ダンテという人間はそういう人物であるとすでにニュクスの中には刻まれているのである。
(それよりシグムンドはどうしているかしら……)
仕方がないとは言え一人待つ婚約者のことが心配でならないニュクスに、ダンテはこれっぽっちも気付かない。
「ニュクス、これからのことを話すからこちらに来なさい」
「……承知いたしました、王配殿下」
優しい父親だ、とどこかでまだ思っていた部分はある。
だが、それも今を持って過去形になった。
自分の妻にはいくらでも気を使えるのに、娘が婚約者を心配する気持ちにはこれっぽっちも寄り添えない――そんな父親を見限った瞬間であった。




