大変なことになったぞ
(……この王子、何を考えているかさっぱりわからないわ!)
ニュクスにとって悪くない状況を作り出したし、婚約者同伴ならばダンテだって強くは言えない。
そう、この場はまさしく――アトリアニの独壇場であったと言えた。
確かに力関係で言えばプレティシャス側の方が大きい。
ただでさえ国としての歴史も、国力も、それに伴う人々の文化や軍事力に関しても――何一つ勝てるところはないのだ。
それをなんとか補うのも外交の力なのだろうが、今のところダンテにその能力はこれっぽっちもないとニュクスは理解している。
そして、その力が自分にもまるでない、ということも。
(まだ外交が上手くやれる人ってのが名前を思い出せなくて見つけ出せていないのよ……)
確か反乱軍に行ってしまった人、ということは覚えているのでカルミア公爵家側に行ったのかもしれないが、当時の記憶はぼんやりと覚えていて――秘密のノートに書き記したこと以外、人生をやり直し始めてからどんどん曖昧になっている。
新しい人生を迎える中で歴史の大きな流れ程度しか思い出せなくなるのは、きっと今現在を生きているからなのかもしれないがこういう時は困るなと思わざるを得ない。
「……では、お茶会はまた後ほどお時間をいただいてということでよろしいでしょうか。まずは話し合いの方を優先したく」
「うん、それでいいよ」
にっこりと笑う姿は大変愛らしい少年そのものだ。
だがニュクスは心の内で苦々しい気持ちになる。
それだけあちらには余裕があると、まざまざ見せつけられているのだ。
視界の端でホッとしている様子のダンテがいるから、余計に腹が立つ。
(あちらに全部空気持ってかれてるじゃないの! しっかりしてよもう!!)
だが残念ながら、ニュクスには発言権がないのである。
発言権があったとしても、その影響力はほぼないに等しい。
ニュクス自身が、そのように仕向けたのだから当然だ。
でなければ、女王による嫌がらせが激化して余計な火種を持ち込んで、今やっている食糧問題などへの取り組みを邪魔させたくないのだ。
そのために主導権を他の人々に譲渡する形であれこれと苦心しているというのに、ここでさらに面倒ごとを抱えるつもりはないのだ。
だが、残念ながらプレティシャス側の協力を得て学者が来ないことにはこちらとしても困るのである。
(折角……折角学びの機会が増えるついでに苗の改良などについて教えを請うて協力を取り付ける機会なんだから……!)
しっかりしてくれないと、あちらに全部有利な条件を吹っ掛けられて全部飲んでしまいそうだ、主にダンテが。
面倒だと思ったら全部ハイハイ呑み込んで、どうにもならなくなったら放り出す……までは行かなくても周囲に泣きついてお願いしてやってもらう人なのだ。
そして何故かそれを『あの人はああいう人だからしょうがない』と許される性質の持ち主でもあったが、同時にそれが王族であるという屈辱。
便利で役に立つ王配と言えば聞こえはいいが、それでは困るだろうとニュクスは思わずにいられない。
「是非、ニュクス殿下にも列席していただきたい。貴女の意見を聞きたいんだ、ぼくは」
「え」
「アトリアニ殿下、まだニュクスは幼く――」
慌てたようにダンテが声を上げるのを、緩く手を挙げたアトリアニが制する。
そう、手を挙げただけだ。
まだ十四、五才の少年がそうしただけで、この場で誰が一番上なのかを感じさせるだけのものがあった。
柔和な笑みの下――冷たい目が、ダンテを射貫いていた。
「ぼくは、ニュクス殿下と意見交換がしたいんですよ。聞こえませんでしたか? メランジュの王配殿」
ああ、ああ、もう仕方ない。
こうなったら手練手管と美貌を持ったこの第二王子と、補佐官や優秀な大人の助けなしでなんとか成果をもぎ取らねばならない――ニュクスはドレスの下で震えそうな膝を心の中で叱咤して、優雅な笑顔を浮かべてみせるのだった。




