その笑顔の正体は
ドアが予兆なく開いた。
開けたのは、侍女でも騎士でもなく渋い顔をしきったダンテだった。
「ニュクス、来なさい」
「はい、王配殿下」
呼ばれてすぐに立ち上がる。
シグムンドとこっそり繋いでいた手はするりと離れたが、その温もりがニュクスの見方だった。
「……アトリアニ王子は、最初からお前が同席しなければ話をしないと仰る」
(まあそれはそうでしょうよ)
ダンテが苦々しい様子でそうニュクスに囁いたが、ニュクスからして見れば当然のことだ。
だって話し合いの相手としてあちらが指名したのはダンテではない、ニュクスだ。
それなのにダンテが話し相手にいつの間にかすり替わり釈明も要領を得ず、今回に至るのだからそれはもう相手の機嫌を損ねて当然だろうと思うが、きっとダンテはそこに至っていないのだろう。
彼の中ではこの国内でのやりとりと同じで、基本的にニュクスは表に出せないから出さなかった、それだけなのだ。
それが女王の望みだからそうした――おそらくそんなところだろう。
「……プレティシャス王国アトリアニ第二王子殿下にご挨拶申し上げます。ニュクス・アキレギア・ロレアヌス、お呼びと伺いまして参上いたしました」
この緊張した空気を無視して、ニュクスは柔らかく笑って膝を折る。
十一才の子供がするには、見事なまでのお辞儀だった。
ただ正直この場では立派な王女と誰もが見ていたこの光景だが、実際のニュクスとしては内心冷や汗ものである。
何故ここまで空気が冷えてから自分を呼ぶのだとダンテに対して呪いの言葉をおそらく十個は口にしていた。
勿論、心の中でだけに留めているけれども。
「……ニュクス王女殿下。お待ち申し上げておりました」
嫌味の一つも覚悟しなければ。
そう身構えていたニュクスに、柔和な声がかかる。
「久しぶりですね。お目にかかれる日を指折り数えて待っておりました」
(……ん?)
「以前の誤った見合いの日には恥ずかしい姿をお目にかけてしまい、大変失礼いたしました。あの日のことをお詫び申し上げます」
「……い、いえ……」
「それにニュクス殿下にはすでに婚約者がいらっしゃるとのこと。それも存じ上げず、失礼いたしました」
「……いいえ、私の婚約はまだまだ内々のものですもの。まだ子供と言っても差し支えのない若輩者に対する陛下たちのお心配りが誤解を招き、こちらこそ申し訳ございませんでした」
お互い穏やかな謝罪合戦となり、周囲の大人の方が唖然とする。
何故ならば先程までのアトリアニはあからさまに不機嫌で冷たい表情で、メランジュ王国の王配を相手にも辛辣な言葉を次々と投げかけていたのだ。
それが目の前の相手がニュクスに変わった途端、年相応の愛らしさを垣間見せて笑顔で会話をしているのだからそれも当然のことであった。
何より、それが作られたものでないことはプレティシャス側の文官たちの様子からも見て取れた。
むしろ彼らの方が驚いてチラチラとアトリアニを見ているのだ。
メランジュ王国側の人間に比べれば落ち着いてはいたので、それだけ驚いているのだろうと推察することが出来た。
「一度、ゆっくりと話したかったのです。才媛たる貴女と。二人で」
「まあ……それは……」
「勿論、侍女や騎士たちは配備いたします。そのためのお時間をいただけませんか? 両国がこれからも良い関係を築くためには必要なことなのです」
「……それは」
騎士や侍女がいるのならば、別に問題はない。
そう、基本的な問題はないのだが、一番の問題は――今でもアンネローゼがアトリアニを諦めていないらしい事実だ。
それを知っているはずのダンテが、アトリアニにニュクスが気に入られることは避けなければいけないのである。
ダンテにどうする? と視線を送ればダンテは渋い顔をするばかりだ。
おそらく、いい手が思い浮かばないのであろう。
仕方のない父親だ……と呆れと諦めが半々の気持ちでニュクスは微笑んだ。
「ではアトリアニ殿下、私の婚約者を同席させてもよろしいでしょうか。平民であるからと無理と仰るならば、私もご遠慮させていただきたく存じます」
シグムンドが同席を許されれば、婚約者が一緒だったと言い訳も立つ。
そして逆に許されないなら、婚約者が一緒ではないから……と遠慮の言い訳も立つ。
ニュクスとしてはどちらに転んでも損はない話だ。
アトリアニもそんなニュクスの思惑はすぐに理解したのか、にこりと笑みを浮かべる。
アンネローゼが『綺麗だから』というだけの理由でアトリアニを気に入っている通り、大変美しい笑みだった。
「勿論ですとも。優秀な人は好きですよ、ぼくは。……身分に関係なくね」




