善意で世界は回らない
辺境の地を守る砦と聞いていたのに、ニュクスの目に映るのはまるで貴族の別邸のようだった。
勿論、そこにあるのは巨大な壁の内側にあり、塀に囲まれた砦には間違いないのだけれども――内装が綺麗だ、と思ったのである。
(それだけプレティシャス王国とは円満関係を築き、そして続いているということなのだろうけど……)
複雑そうなシグムンドの表情を見るに、おそらくシグムンドがいたという北方の辺境はもっと厳しい環境下にある砦だったに違いない。
ニュクスとしては複雑な思いである。
(……でも襲撃の多いところ、気候が激しいところはどうしても華やかさからは遠ざかるのよね)
華やかさよりも鋭さを、柔和さよりも固さを。
それが北方なのだと教師からは学んだが――いつかはそちらも見に行けたらいい。
そんな風にニュクスは思ったが、今はそうも言っていられない。
「では会議室の隣で待機しております、王配殿下」
「うむ。シグムンド殿は……たとえニュクスが呼ばれたとしても、君はそこに待機だ。いいね? あちらに失礼があってはいけないからね」
「……はい」
その言いようがまずシグムンドに失礼だが? と内心ムッとしつつニュクスは笑みを絶やさない。
ダンテが部屋を出て行ったところで、即座にシグムンドの手を取った。
「ごめんね、シグムンド。王配殿下が失礼で……」
「いいよ、おれの出自が卑しいのは事実だ。他国にもニュクス姫の婚約者として立った人間として知られている可能性がある以上、おれの出自は足枷になりかねない」
「……シグムンド……」
「でも恥じるつもりはない。おれは、おれの剣の腕で認められ、複雑な思惑があったとしてもニュクス姫の隣に立てた。悔やむより、おれはこの立場を守る為に堂々としているよ」
シグムンドのその真っ直ぐな言葉にニュクスは胸が高鳴った。
彼はいつだって真っ直ぐだ。
真っ直ぐで、真っ直ぐすぎる。それはもう、愚かだと思うほどに。
でもだからこそ、いつだってニュクスの心を救ってくれるのである。
そんな二人のことなどいざ知らず、隣室では話し合いが始まろうとしていた。
遅れて入ってきたのはアトリアニ王子とその側近たちである。
話し合いはあくまでメランジュ王国が願い出たものであり、そのためにプレティシャス側が来てくれたのだから当然だ。
彼らを歓待する意味でもメランジュ王国側が待っていなければ始まらない。
だがその場に、ニュクスがいないことにアトリアニは僅かに目を細める。
「……メランジュの王配殿下。我々としては交渉相手に条件を出したはずですが、何故あなたがそちらに?」
アトリアニの厳しい声は大きくなかった。
そのため、隣室にいるニュクスには今何が起きているのかわからない。
物音からプレティシャス側が到着したのだろう、ということは伝わっている。
そして――ピリッと空気が張り詰めたことも。
(……王配殿下、何をしたのかしら。それともあちらが私を同席させていないことで軽んじられたと抗議したのかしら? ……後者の可能性が高いわね)
さすがにいきなり失敗はしないだろう、ダンテは。
アンネローゼとベアトリスが希有な例なだけだ、とニュクスはそう思うことにした。
そうであってくれないと本当に困る。
ドアに寄って中の会話を聞きたい。
だがそんな真似ができるはずもなく、ただ待つだけしかできない。
ふと、隣に座るシグムンドを見た。
「シグムンドは中の様子とか、気配でわかるの?」
「うん。今さっき、プレティシャス側が五人入ってきた。廊下には最初に配備されたメランジュの騎士が二人、プレティシャス側の騎士が三人立っている。あまりいい雰囲気じゃなさそうだね、部屋の中も外も」
「……」
シグムンドがすごいと素直に感動するべきなのか、良い雰囲気ではないという現実を嘆くべきなのかニュクスには判断できず、思わず少女は渋い顔をしてしまったのだった。




