ずっと見ていられる
そうして訪れた、辺境地での話し合いへの移動の日。
ダンテは最初こそシグムンドが同行することに異を唱えていたが、ニュクスに専属の護衛官がいまだについていないことをカルミア公が突っ込めば流石にバツが悪かったのか、あっさりと認めたのである。
ただ体面があるのか、シグムンドはニュクスと同じ馬車に乗ってもいいがダンテのところの侍女を一人つけることになったのである。
むしろ誰一人侍女もメイドも連れて行けないニュクスとしてはありがたいことである。
おそらくダンテとしては目付役程度の気持ちだったのだろうが、ニュクスとシグムンドからしてみれば世話役がいるのだから当然だ。
「シグムンド、見て、あれはなあに?」
「あれは水車ですよ。大水車」
「あれがそうなのね……!」
これまでの人生で、ニュクスの世界は城の中――それも限られたものだった。
だから城下町も珍しければ、こうして外にある何もかもが新鮮でたまらない。
以前カルミア公爵領に行った時だって、正直なことを言えばワクワクしていた。
(でもあの時は緊張していたからあまり外の景色を楽しむ心の余裕はなかったのよね)
はしゃぎすぎだろうか、とニュクスは少し恥ずかしくなった。
だが、シグムンドは笑っていた。
嬉しそうに、とても優しい笑顔だ。
彼だって、多くのことを知っているわけではない。
彼にとって世界は――優しいものではなかったからだ。
目につくものはただの風景であり、彼にとって〝価値あるもの〟ではなかった。
むしろ最も〝価値のないもの〟である自分には縁がないとすら思っていたのである。
だが今は違う。
目に見えるもの全てに目を輝かせるニュクスがいる。
シグムンドにとっての最高の〝価値あるもの〟となった少女に答えられることが彼にはなにより嬉しかった。
ダンテの侍女は何も言わなかった。
だが外の景色を楽しむ少年少女のやりとりを、微笑ましいものとしてただ見守っていた。
「地図で見ていたものと実際に目にするのは、こんなにも違うのね……」
「国境沿いの光景は壮観だと思うよ。北部に比べたらこれから行くところは穏やかな気候だから……プレティシャス王国と側している国境は穏やかな気候でその国境の壁も壮麗なものと聞くから」
「そうなのね……国境の壁は少し物々しい雰囲気だと思うけど、そう聞くと少し安心できるわ」
同じ教師に習っているのだから、ニュクスだって聞いたことだ。
だが改めてシグムンドからそう言われれば、どことなく安心してしまう。
なんでもない田園風景、そこに暮らす人々。
その光景がニュクスにはたまらなく愛しく思えた。
(反乱が起きた時、人々の暮らしはどうなっていたのだろう)
飢饉や増税、それらによる貧困に喘ぐ民がいたと反乱軍に責められたときに知った。
数字の上では知っていたが、人の言葉で聞くとまた違った。
そして今、こうして馬車の中からとはいえ民衆の生活を目の当たりにして――勿論、城下町で医療所に足を運んだ時にも見たけれども、それとはまた別の暮らしを目にして思うのだ。
彼らは幸せなのだろうか。
日々安全に暮らせているのだろうか。
「……私は、彼らの暮らしを守る女王になれるのかしら」
いつか誰かに譲る予定の玉座だが、少なくとも彼らの暮らしを守れるだけの人間になりたいとぼんやりそう思った。




