手遅れってやつは気付いたときにそうなっている
そうして迎えた――アトリアニ王子との茶会の席。
シグムンドの同席は許されたが、ダンテの同席は許されなかった。
それがどのような意味を持つのかと、周囲の貴族たちは興味津々だ。
ダンテ本人はかなり不満そうであったが、重要さはまるでわかっていないのでは? とニュクスの方が心配になるほどである。
そう、王配よりも王女――それも虐げられている方の王女に大国の王子が執心なのだ。
それも王女の婚約者である出自の低い少年を賓客として遇し、歓迎しているのだ。
王配よりも、である。
それが何を意味するのか、聡い人間ならば察するにあまりある。
当の本人が察せないのは致命的とも言えた。
「そうか、シグムンド殿はそんなにも剣の名手なのか。素晴らしいね」
「……ありがとうございます」
「ぼくは優秀な人が好きだよ。愚かな人がいると争いの種になるからね。無用な争いはめんどうくさいだろう?」
「……」
あまりにも真っ直ぐにわかりやすすぎた言葉に、ニュクスは困惑する。
迂遠な表現を得手とするとばかり思っていたがまさかこんなにわかりやすい言葉にするとは。
シグムンドの教養のなさを揶揄してのことかとも思うが、嫌味は一切感じない。
それどころか対等な人間と話すのが楽しくて仕方ない、そういった類いの雰囲気すら感じるのだ。
(どこまでが計算なのかしら)
それとも本音なのだろうか?
ニュクスにはそれが判断できずにいた。
彼女にとってこれまでの人生経験に、アトリアニについての情報は殆どない。
そしてそれは、こうした駆け引きにおいて致命的であった。
これまで国内で起きたあれこれに対して駆け引きめいたことができたのは、あくまで事前情報を元に自信を持って対応出来たからである。
そしてそれをニュクスは理解しているからこそ、アトリアニに対しては警戒を緩めることが許されない。
(どうする? これは私が凡庸だとバレたら空気が悪くなるし、シグムンドが才能ある剣士として認められたことを素直に喜べばいいの? それともシグムンドが貴族としての教養を学んでいるから嫌味なのかってそれとなく抗議するべきなの……!?)
悩みに悩んで、シグムンドを見る。
シグムンドが不快に思うなら、アトリアニがどう思っているのだとしても――抗議しよう。そう決めた。
だがニュクスの見たシグムンドは――静かだった。
不快に思う様子もない。
かといって、嬉しそうでもない。
ただ、とても静かだった。
失礼な様子はまるでなく、むしろそこらの貴族令息よりも堂々と振る舞う姿は出自など問題ならない姿だ。
「ニュクス姫はよき婚約者を迎えられたのですね」
「はい。私にはもったいないほどの方ですわ」
「……おれの方が、幸運であったと感謝する毎日です」
アトリアニの言葉に、それまで平坦だったシグムンドの言葉が初めて柔らかさを帯びた。
嬉しそうに、柔らかに。
ニュクスの婚約者、そう呼ばれることが心底嬉しいと言わんばかりの態度ではないか。
「ふふ、二人は想い合っているようだ。それもまたいいと思う。……ぼくとしては、これからの話し合いやプレティシャス王国とのやりとりはニュクス姫にしたいんだ。シグムンド殿も信頼はできそうだし……あの王配殿よりずっと会話のし甲斐があるというものだからね」
「……そのように仰っていただけるほど、自分が優秀とはとても思えませんわ」
「はは、謙遜が過ぎると嫌味にも取れるよ」
(そうじゃないのよ!!)
ニュクスとしては全力で否定したいが、そうもできない。
ああ、頑張らなくては反乱軍の手によって愛する人々が悲しむ未来がやってくる。
しかしながら頑張りすぎると予想外の重荷を背負わされるのだ――ようやくニュクスはそのことを学んだのであった。




