せいぜい、笑っていればいい
「……というわけで、私は近いうちに話し合いに行くと思うわ。あくまで私は勉強のために同行させてもらったという形なので、秘書官や補佐官は連れて行くわけにはいかない。……いまだに護衛官を寄越してくれないのはとても、ええ、とても心外だけれど」
あれだけ色々と言っておきながら、結局いまだにニュクスの執務室に武官は配備されていない。
呆れた嫌がらせだと彼女は笑うが、逆を言えばこれを利用しない手はないのだ。
「ねえ、シグムンド。一緒に来てくださる?」
「勿論です」
「名目上は、私に護衛官がいないため英雄の一人とも言われる騎士の婚約者が身を案じて名乗り出てくれた――ということにするわ」
「……実際、心配だ」
「まあ! ありがとうシグムンド。ふふ、一緒に来てもらえるからすごく心強いわ」
「どんな敵が来ても、ニュクス姫だけは連れて逃げる自信があるよ」
「まあ、逃げるの?」
「ニュクス姫が怪我をする方が嫌だ」
「まあまあ!」
クスクス笑うニュクスとしては、その理由があまりにも優しくてくすぐったい。
シグムンドは貴族教育を受けても、その愛情表現は常に真っ直ぐだ。
そしてその真っ直ぐな愛情こそがニュクスにとっては何よりもかけがえのない、愛しいものだった。
(……シグムンドがいてくれたら、アトリアニ王子と会うことも怖くないわ)
ダンテが何をしでかすのか、アトリアニ王子が何を狙っているのか、それらがまるでわからない状況では胃が痛くなりそうである。
だが、シグムンドのその真っ直ぐな愛情があれば挫けないで済みそうだ。
「あの王子は気に食わないから、いっそのこと逃げる理由があった方がおれは嬉しい」
「そんなことを言ってはだめよシグムンド。……でも、ありがとう」
「だってあの王子はニュクス姫と婚姻したがった」
腹が立つ、とは言わなかったがシグムンドの顔がそう言っていて、またそれがくすぐったいニュクスは小さく頬を赤らめる。
主人たちのその面映ゆいやりとりを近くで見ているマーサは『羨ましいなあ』と思ってあとで恋人に手紙を書こうと思ったし、この部屋にいる人間はいずれも微笑ましく思ったものだ。
とはいえ、内容は難しいところである。
「……今回はシグムンド殿が一緒とはいえ、今後もそうとは参りませんでしょうな」
ファールの言葉にニュクスも頷いた。
婚約者とはいえカルミア公爵家の庇護下にあるシグムンドばかり頼るとは何事だ、武官を用意しなかったのはニュクスの手落ちだ……と言われかねない。
再三申請しているのに来ていないと告げたところで、不備があっただのなんだのと難癖をつけて女王が嘲笑ってくることは目に見えている。
ダンテの配下であるカーライルとパトリオットもすでに心情としては頼れる上司としてニュクス寄りなので、この少女が苦労する未来は出来れば来てほしくないと願っている。
「そうね、近いうちに王配殿下に許可を得て、直接『末端の騎士』を連れてこようと思うわ」
近衛騎士や腕利きだから文句をつける人たちだが、雑兵を選んだと知れば『その程度しか選べなかった哀れな娘!』とさぞかし喜ぶことだろう。
ニュクスは内心嗤ってみせる。
いないなら、育てればいいのだから。




