残念すぎて言葉も出ない
書記官と秘書官と補佐官がいるって、すごい……。
そう一日の職務を追えたニュクスがぽつりと零して、全員が微妙な顔をした。
それはそうだろう。
十一才の少女がこなしていた公務というからさほどのものではないだろうと思っていたカーライルとパトリオットだが、なんだったらダンテがやっていたことよりもずっと難しい内容のように思う。
とは言っても彼らがダンテの仕事の詳細を知っているわけではないので、比較しづらいことではあるのだが……それにしたってこの人数では足りない仕事量であることには間違いなかったのである。
(子供がやっていいもんなのか?)
(各領地の穀物の収穫量の推移データを過去十年分読む十一才……?)
勿論、ニュクスはこれらを必要に駆られて読んでいるだけで好んで調べているわけではない。
むしろ学び直した結果、調べ上げてどう対策を取るべきなのかを更に教わりにいかないと何もわからないということがわかった、というところである。
だがそれを人は謙虚と呼び、勤勉と呼び、ニュクスは賢君の兆しある王女だと噂が密やかに流れることになっているわけだが……今の彼女はあふれかえる情報量に四苦八苦するばかりでそこまで気が回らなかった。
当たり前である。
大の大人が複数人かかってまとめるような代物を、基本的には一人で片付けていたのだから余裕がなくて当然であった。
シグムンドは勿論手伝ったが、彼も何ができるかといえば資料を集めて『何がわからないか』を書き出すのが精一杯なのである。
それもそのはずで、ニュクスもそうだがシグムンドだって学び始めたばかりの子供なのだ。
大人が数人がかりで検討すべき案件を始めているのだから、わからなくて当然で――だからこそ、大人たちからして見れば神童の類いに他ならない。
「今日は本当にお疲れ様。初日からあれこれお願いしてしまってごめんなさいね。ゆっくり休んで、また明日よろしくお願いします」
ニュクスとしてはこの補佐してくれる面々がいてくれる頼もしさを知ってしまった以上、余計に疲れさせて離脱されては困る。
そのためならばいくらでも気を配るというもので、彼らが快適に仕事ができるよう取り計ろうと心に誓う。
それがまた彼らにして見れば理想の上司を得たような気持ちだし、カルミア公の下で働いていたファールも『お若いのによくできた方だ……』とニュクスを人格者のように感じていたので、彼らの間には埋まらない溝だけが広がっていった。
とはいえ、誰も困らない溝であったが。
「シグムンドも今日はお疲れ様。ごめんね、長い時間拘束してしまったわ」
「全然構いません。ニュクス姫のお手伝いができて光栄でした。……伴侶となれば、こうしたこともこれからはもっと手伝うことになるのでしょう?」
「ええ、そうね。状況にもよるのだろうけれど……」
「なら、今から練習だと思えば気合いも入ります。勿論、勉強や剣の稽古も怠りません」
「……本当に頼もしいわ、私の旦那様は」
嬉しそうにニュクスが微笑めば、シグムンドが赤くなる。
なんとも微笑ましい光景であった。
だが物事は良い方向に進み続けるとは限らない。
カーライルとパトリオットから報告を受けたダンテは焦りを覚えていた。
ニュクスが優秀かもしれない――以前から少しずつではあるが感じていたことである。
それが明確になりつつあり、また、アンネローゼがいまだに勉強を嫌い逃げ続けていることもあってその差を埋めることができずベアトリスの機嫌が下降の一途をたどっていることにダンテは悩まされ続けているのである。
「……そうだ。ニュクスにもっと手を抜くようお願いしてみようか?」
ふと一人きりだったからだろうか。
彼がそんなことを呟いても、咎める者はおらず――まるでそれが正解のようにダンテには思えてしまったのである。




