こうして誤解は積み上がる
そうして集められたのは、ダンテの所の補佐官と秘書官が一人ずつ――いずれも下位にあたる役職で、大きな仕事を任されたことのない、新人である。
見るからに挙動不審で、いきなり仰せつかった第一王女の〝首席補佐官〟と〝主席秘書官〟という大役に慄いているようであった。
「よろしくね、パトリオット、カーライル」
「よ、よろしくお願いいたします、第一王女殿下」
「ふ、粉骨砕身、務めさせていただきます……」
それから、カルミア公爵家から派遣された書記官は老公爵の元で長く勤めていた老人であった。
穏やかな物腰は熟練の執事のようであり、物静かに、そして着実に仕事をこなしてくれる人材を寄越してくれてニュクスは感謝してもしきれない。
「カルミア公にはよき働きを見せてお返しとしなければね。頼りにしているわ、ファール」
「第一王女殿下にお仕えできます栄誉を賜りまして、誠に光栄でございます」
「私のための武官は、まだ選んでいる最中だそうなの。とはいえ今すぐ視察に行かなければならないことも、書状のやりとりで緊急のものもないから……まずは数日、ここでの仕事に慣れてくれたらいいわ。お互いやりとりをするのにも知っていかないとね」
ニュクスの言葉にパッと安堵の表情を浮かべたのは秘書官のカーライルであった。
彼はダンテの秘書官の一人……といっても新人であったので、主に雑用だけを任されていたのである。
勿論、そうした秘書という職に就くだけあって基礎的なことは学んでからやって来たわけだが、いきなり公務を担う第一王女の傍で〝筆頭〟の名を与えられるのはまた別問題なのだ。
しかもその第一王女は女王に疎まれた少女、公務でどのような苦労をさせられるのかと戦々恐々としていたのである。
しかしながら実際カーライルが目にしたのは黒髪に紫の目をした、確かに女王とは似ても似つかない地味な色彩の、けれども利発そうな少女であった。
しかし見た目が可愛い第二王女が大層我が儘であることを考えれば、見た目がよければ性格がいいなんてことはあり得ないことを彼は知っているのである。
働きやすい環境かどうか、使い潰されるのかどうか……彼らにとっては未知の領域なのだ。
少なくともこの王女の父親であるダンテはとにかくあれもこれもと指示を飛ばすだけ飛ばして飛び出ていくものだから、確認が取れずに手落ちがあれば最終的に雑用だった彼らが叱責を受けていた。
それを考えれば、『まずは慣れるところから』と言ってくれたニュクスの言葉に感動すら覚えたのである。
勿論、ニュクスはそんなありきたりなことで感動されていたなんてことは知る由もない。
なにせ、慣れてもらわないと困るのはニュクスなのだ。
ただでさえ忙しい仕事に足りない人材、そこに来てくれた彼らを使い潰すなど以ての外である。
だってそんなことになったら自分の首を締めるだけなのだから!
「……ニュクス姫の御身を守るのは、おれがいるのに」
「まあシグムンドったら。あなたは私の婚約者なのだから、常時はついていられないのよ? それに武官たちには密書や急使を担ってもらうこともあるのだし、あなたには頼めないことでしょう?」
「……わかってる、けど」
「でもお気持ちは嬉しいわ。シグムンドにも同行してもらえる公務は一緒に来てもらいたいから、これからはこちらの執務室に来てもらおうかしら。勿論、ただお茶をする日もあるからあなたがいいと思った時に来てくださる?」
「……毎日来る」
「まあ!」
ニュクスの執務室は穏やかだ。
ダンテの所から来たパトリオットとカーライルは互いに目配せする。
彼らはダンテから言われていたのだ、ニュクスの動向を見て何か勝手なことをしでかさないか、逐一報告するように――と。
親心とは思うが、というか、思いたいが。
(……婚約者と仲良くしてたってのは、報告対象だろうか?)
(あちらにいた時よりも穏やかに過ごせそうって言うのは、報告対象外だよな?)
そんなことを彼らが思っているなんて、勿論ニュクスは知る由もないのであった。
当たり前じゃない環境にいた人は、当たり前に行くとそこが天国だと勘違いしてしまうのだった。




