限度ってものがあるのよ、世の中には
とはいえこのままでは政務が回らない。
政務が回らないと困るのは誰だってわかる話だ。
最終的に女王が困るわけだが、女王としては後先考えずにニュクスが潰れてくれれば可愛いアンネローゼを王太女に据えられるとでも思っているのだろう。
そうなってからではその可愛いアンネローゼが苦労するしかないのだけれども、それこそ優秀な補佐官を大量につければいいとでも思っていそうで恐ろしい。
(それじゃあただの傀儡君主じゃないの)
過去のことを思えば傀儡だった自分が言えた話ではないのだが、ニュクスとしては呆れるばかりである。
「王配殿下、お時間をいただきありがとうございます」
「おはようニュクス。……他の者は下げたから、今はお父様と呼んでくれていいんだよ?」
「……今回の訪問は、公式なものですから。どこで誰が聞いているかわかりませんので……」
「そうか……立派になったものだねえ」
しみじみと感激している様子のダンテに『そうじゃないだろ』とニュクスは言いたい。
なんだったら声を大にして目の前の床に正座させて一時間でも二時間でも文句を言いたいところである。
立派になったのではない、立派にならざるを得ない状況なのだ。
十才の小娘が、である。
三回の人生経験がプラスされているので現在の年齢よりは達観していて当然ではあるものの、それにしたって立派な振る舞い『だけ』を求められる立場になるのはおかしな話なのだ。
なのでそのように喜ばれても、娘としては何一つ嬉しくないのである。
「王配殿下にお願いがあって参りました」
「あ、ああ。聞こうか」
「私の補佐官や秘書官なのですが、一人も来ないままでは政務が滞ります。いかがなさいますか」
「えっ。ひ、ひとりも? 一人もなのかい? 人数が少ない……ではなくて?」
これにはさすがのダンテも慌てた様子だが、ニュクスは冷めた面持ちで父親を見ていた。
父親は間違いなく『人数が少ない』と言った。
それはつまり、元々ニュクスが苦労することは大前提で彼も知っていたということだ。
それについてどのように努力するでもなく、どうなっているか確認するでもなく、こうして言われるまで気付いていなかったという点でもニュクスから言わせれば『どの面下げて〝立派になった〟なんて言ってんだろうこの人』である。
「私に幾分かの権限を与えてくださるのは嬉しゅうございますが、このままでは滞りをみせて王家の威信は傾くばかり。どうぞご一考くださいませ」
「う、ううむ……そ、う、だね……」
「なんでしたらアンネローゼにもそろそろ公務について学ばせてあげては? 王配殿下と共に各地を巡るのであればあの子も見聞が広がるのではありませんか?」
「えっ、いやそれは……ちょっと……」
あからさまに視線を彷徨わせるダンテの真意は簡単だ。
アンネローゼを公務に連れて行けば何かをやらかして、ただでさえ女王の振るまいであちこちに頭を下げるダンテの仕事が増えることが目に見えているからだ。
女王ベアトリスを愛している。誰よりも愛している。
だからこそその女王のためになんでもしてあげたいと願うダンテではあるが、彼の身は一つしかないのである。
「……わかったよ、私の補佐官と秘書官を一人ずつそちらに回そう。書記官に関してはカルミア公爵家から借りなさい。武官については……そうだね、軍務省から誰かしら寄越すよう伝えておくから」
「承知いたしました。ありがとうございます」
この期に及んで近衛兵からと言えない王配に情けないものを感じつつも、逆に言えば女王の息のかかっていない兵士が来てくれる可能性にニュクスは胸を躍らせるのであった。




