苦労ばかりじゃやってられない
(……シグムンドはああ言ってくれたし、今のところカルミア公爵家だけじゃなくて他の貴族たちも概ね私に好意的、というか信頼を寄せてくれている。この調子ならば反乱は起きそうにないけれど……)
しかしながら三度人生を経験して四度目だからこそ『しっかり者』という形をとれるニュクスであるが、その人生経験はいずれも二十才になる前には散っている。
そのためある程度の年齢を境にその後のことなどわからない。
なんとかなるでしょ、と考えるには自分の能力が足りないことをニュクスはよくよく理解していた。
だからこそ、優秀な人材で周囲を固めればなんとでもなるのでは? とも思っていたが、シグムンドと話して『別の人に玉座を譲ってもいいのでは?』とチラッと考えるようになっていた。
とはいえまだまだそれはもう少し先の話であるし、今はやらなければならないことをしなければ。
ただやることが多いとありがちな話であるが、どうしたって逃げたくなるのも人間というものである。
「……やってもやっても、財源が追いつかない気がするわ……」
「政策などというものはそういうものでございます」
「そうね……正直そろそろ数字を見るのが辛くなってきた……」
「お若いというのに可哀想なことで」
「カルミア公はまだまだ余裕ね」
「年の功ですな」
ダンテから権限を譲られてやれることが増えたのはいいが、増えた分だけ仕事は増えるのだ。
当たり前のことではあるが、それがなかなかに忙しい。
真面目にやればやるほど減るどころか増えている気がする。
細部まで気にするからだと言われればその通りで、残念ながら現段階でニュクスに仕える手札が少ない分、助けてくれるのはカルミア公爵家の面々に限られてしまう。
多くの貴族家から支持されるようになったとはいえ、今だニュクスは女王に睨まれる王女だ。
表立って助けようとしてくれる面々もいるが、逆に女王が意固地になって彼らを遠ざけては混乱を招くことになりかねないと泣く泣くお断りしたため、仕事を割り振るのも難しい状態である。
「女王が仕事を阻害するなんて、誰が考えるかしら……」
「さようですな」
「……ごめんなさい、少し愚痴が多かったわよね」
「構いませんよ、手が止まっていないのですからな」
ニュクスだってぼやきたくなるが、それでも愚痴に付き合わせては申し訳ないと思う程度に良識は持っている。
何せ老公爵は見かねて手伝ってくれているだけなのだ。
カルミア公爵家には世話になりっぱなしだとニュクスは思う。
貴族家の仲立ちをして金銭面的なことや微細なことで立ち回りをお願いする、そうした細々としたことを任せられるだけでもかなり助かっているというのにこうして今は書類まで手伝ってもらってなんともありがたい限りだ。
「……ねえカルミア公、これって本当に本来の仕事量なの? これからもずっとこうなのかしら……」
「本来、そのお立場での職務内容を考えれば書記官が三、四名、秘書官が二名、武官が五名ほどいた方がよろしいですな。それから補佐官も必要です」
「……そうよね……」
改めて言われて、一つの書類を書き上げて思わず大きなため息が出た。
王配であるダンテから、近いうちに手配するから、とだけ言われて頷いたもののそれ以降音沙汰がない。
問い合わせは出したし、直接渡したというメイドからの報告もあったのでダンテが知らないはずがないのだ。
そしてなんだかんだ言って、ダンテは決してニュクスを嫌っているわけではないので手配をきっとしたに違いない。
それでも誰も来ない、ということはどこかで止められたのだろう。
(……そういう小さな嫌がらせがみっともないって、そのせいでアンネローゼの見合いが失敗したことを反省してもらいたいのだけれど……)
いつになったらわかってくれるのかなあ、と小さく零せば、老公爵は一度だけ眉をひそめて――そっと「無理でしょうな」とだけ返事をしたのであった。




