仮に愛があったとして
とはいえ心に影が落ちたからと言って、やるべきことは変わらない。
今度こそまともな王女として、国民のためにやることだけはやって、シグムンドの名声を高めて、将来的に反乱が起きたとしてもある程度の温情を与えてもらえるよう努力をしなければならないのだ。
そのためには多少の悩みはあれども止まっている暇はない。
(……そういえば王配殿下の動向ももうちょっと確認しないといけないわね。今のところ、私の貴族受けがいいと自分が助かるからって、女王の怒りをなんとか宥めてくれているみたいだけれど……)
ニュクスを案じてというよりは、おそらく本音そのままなのだろう。
貴族たちの王家へのあたりが強いのは今に始まったことではないが、ここ最近は酷いものだ。
その中でまともに働いていたダンテはさぞかし胃の痛い日々だったに違いない。
たとえ愛しの女王のためであろうとも、人間一人でできることは限られているのだから当然だ。
とはいえそれで助けを求めるのが十才の娘というのがなんとも情けない話ではないか。
妻である女王を諫め、今からでも真っ当にあれやこれやと調整さえすれば決して悪政を布いているわけでなし、貴族たちだって少しは手心を加えてくれるようになるだろうにな……とニュクスは思うばかりである。
「カルミア公、大変申し訳ないのだけれど……王配殿下の動向を探ってもらえないかしら。いくらなんでも最近の女王陛下のなさりようはおかしいわ」
「……さようですな。以前からその兆候はありましたが」
元々そうだろう、と言外に告げられてニュクスは苦笑を返すほかない。
確かにカルミア公からしてみれば悔しいからという理由で妙な勅令を発動し、そのせいで長男の命が奪われたのだから女王は元から危険で、邪悪な存在でしかないのだろう。
だがニュクスからしてみればあれでも母親である。
ましてや、過去と言って良いかは不明だがかつての人生三回分、徐々に愛情がすり減っていたとはいえ、愛して止まない家族だったのだ。
ただの愚かな女だったのか、それとも何かの要因があってのことなのか。
ニュクスが良くなった分だけ女王やアンネローゼに影響があったのか? とも思ったが、それならそれで前回も前々回も、やり直した人生で彼女たちが賢く、国を思う人々だったかというとそれは違うのできっとそこは関係ない。
関係ないと信じたい。
けれどそれを「そうだ」と同調してもらうには、人生を複数回やり直しているというよくわからない事象を話すことは不安要素でしかない。
だから調べてもらうのだ。
彼女たちがただ愚かなのではない――あるいは、ただ愚かであると。
それが気休めにしか過ぎないのだとしても、今のニュクスにはそれしか縋るものがない。
「……それと並行して、やはり食糧問題には取り組みたいわ。そちらは順調かしら」
「ええ。王女殿下の采配に皆安堵の声が上がっておりますな。以前から不安のある領地から王配殿下を通じ奏上が出ていたようですが、女王陛下は国難がここ何十年も来ていないため現状維持でいいだろうと撥ね付けておられたご様子」
「そう……」
愚かな話だ、そうニュクスは思う。
確かにここ数十年は穏やかな日々が続いていると言ってもいいだろう。
だが先代の女王の代に起こった天災が、それよりも前に起きた疫病でカルミア公爵領が負った傷が、いつだって備えを怠るなと訴えているではないか。
(お祖母様の頃にどうしようも間に合わずに是正した備蓄案だけれど、あれから国民の数は更に増えている。直していかなければ次に何かあった時に追いつかないのは自明の理だというのに……)
そうは言っても自分も今に至るまでに失敗をしてのことなのでわかっていなかったという点では同じかと自嘲の笑みが零れる。
「……まあ、制度を変えるともなれば大変だものね。私も王配殿下にお願いしてようやく少しずつ諸侯に補助金制度の話し合いを任せられるようになったしね。数年で成果は出ないけれど、品種改良にも取り組めるようになったのは大きいのではないかしら?」
「さようですな。……残念ながら、当国では今だ植物学に強い者が少ないことが悔やまれますが」
「それもこれからの課題ね。よそから誘致するにも、我が国がそれだけ魅力的にならねば……」
課題は山積みだ、そう笑うニュクスに老公爵は淡く笑う。
そうやって言える人が次世代にいてくれるならば、まだ捨てたもんじゃなかろうと。




