怨恨の種を育てましょう
エリオットは相当悩んだが、結局ニュクスの熱意に負ける形でカルミア公爵家につれて来ていた。
急なことではあったが、これまで王女として贅を尽くした装いなどしてはならないと女王に言われていたこともあって、慰霊祭に相応しい清貧なドレスしかないことが功を奏したと思うと皮肉でならないとそっとニュクスは胸の内でそっと笑う。
馬車の到着に、カルミア公爵が出てきて眉をひそめた。
十才の少女が着るにはあまりにも大人びた……言い換えれば、似つかわしくないほどに落ち着いた、飾り気のないドレス。
そして手に持つのは葬儀の定番、アキレギアの花束。
「カルミア公爵、久しぶりですね。お元気そうでなにより」
「……王女殿下」
「母の名代として参りました。足らぬ身ではありますが、カルミア公爵家の献身に心よりの感謝を。そして、かつて失われた尊き命に魂の祈りを捧げることを許してくれますか?」
静かな礼をとった少女のその姿に、誰もが息を呑んだ。
王室と、カルミア公爵家には確執が存在する。
だが君主と臣下である以上、決して許されぬ壁がそこには存在していた。
それをまだあどけなさを残す王女が頭を下げたのだ。
足らぬ身だと言い、カルミア家の献身を称えたのである。
それはカルミア家の人間ならば、誰もが驚きを隠せない。
何故ならばその確執はあまりにも大きなものであり、その確執を生んだ張本人こそが今代の女王――つまり、目の前の王女の母親なのだから。
誰もが思った。
その罪を、この王女は知っているのだろうか? と。
「ようこそおいでくださいました。陛下の名代とのこと、王家の慈悲に感謝を。この老骨ができうる限りのおもてなしをさせていただきましょう」
「ありがとう、カルミア公爵。まずは祭礼の儀式に向かいましょう。王家の者が遅れたせいで、進行にずれが生じているのではありませんか」
静かに頷いたカルミア公爵に、ニュクスは心の内で大きなため息をついた。
この儀式の日取りは毎年同じで、余程の悪天候でもない限り毎年行われるものだ。
それこそ、ニュクスの祖母が生きていた時も、その前の女王の時もと聞いているので大事な儀式なのである。
国で最も権勢をほしいままにする大公爵。
かつて先々代の王配とは親しい友人関係にあったと、ニュクスも二回目の人生で聞いた気がする。
先々代の王配は、今代の女王が幼い時に流行病で亡くなってしまった。
そのため友の代わりにカルミア公爵は先代女王によく仕えたという。
今代の女王は、それが面白くなかった。
遅まきの反抗期なのか知らないが、とにかく先代女王のすることなすこと気に入らなかったのだ。
ニュクスはこれまでの人生でソレを学んだ。
(……このままでは無辜の民まで被害に遭う)
だから正すのだ。
彼らに復讐する、それが民のためにもなるのだからなんと素晴らしいことか!
少女がそっと微笑んだ。
(楽しみだわ。彼らのために、アキレギアの花を捧げるその日が)
もはや愛情を抱けない家族に対して、ニュクスは笑う。
口元は、持ってきたアキレギアの花束で隠しているから誰も気付かなかった。
「……カルミア公、今回の件ですが私は女王陛下に無断でここに来ております。それについてご迷惑をおかけするかもしれませんが、ご承知おきくださいな」
「なんですと?」
「もとはと言えば母の不義理。とはいえ娘が勝手な行動をしたと知れば女王という立場上、あの方も私を咎めることでしょう。ですが儀式に参加する以上、カルミア公にもそれが波及するやもしれません」
「……」
「しかしまずはこの慰霊祭を成功させなければ。……お恥ずかしい話ですが、一度も直接目にしたことがないゆえ、どのようにすればいいのかを教えてくださらない?」
これまでの三度の人生で、ニュクスがきちんと政務に関わったことは裏方仕事のみだ。
華やかな功績は母たる女王と妹王女のために。
父たる王配も似たようなものであったが、それでもまだ彼は妻と下の娘によって褒め称えられ、周囲からも〝王配として〟崇められた。
ニュクスだけが、王族だから仕事をして当たり前、姉なのだから妹に優しくして当たり前、いずれ王座を継ぐ長女として生まれたのだから責任を取って当たり前……そう言われてきたのだ。
これまでどんな努力をしようと、報われなかった。
でもそれは結局その努力の向け方が違ったのだと今のニュクスは知っている。
(王族として頭を下げることは不名誉? ふふ、馬鹿らしい)
失策をしては頭を下げることを拒否し続けた女王に代わり、愚かな行動を取る妹の代わりに頭を下げて回ったニュクスは知っている。
(どうせ下げるなら、自分に役立つものを教えてくれる人に教えを請う方がいい)
それが、今の王家に不信を抱く相手ならなおのこと。
微笑みを浮かべた十才の少女を見つめる老公爵の目は冷たい。
それでもニュクスは恐れなかった。
何故なら――そんな眼差しに慣れっこだったからだ。
過去三度の人生で〝家族〟への愛が無駄に終わり、周りから向けられた冷たい視線に慣れきっていた少女からすればそんなものはなんてないものだったからだ。




