嘘は一つも言ってない
カルミア公爵家からの使者は、公爵家の三男だった。
直系が使者として立つ……それは、この国の貴族としてはそれだけ重大な話があるという意味だ。
これで当主が直接出てくる場合は全面戦争待ったなしという意味合いにもなってくるので、この段階ではまだカルミア公爵家は王家に対し、礼節を払っていると言えた。
ニュクスはそう、受け止めている。
「ご足労を願い申し訳ございません、エリオット・カルミア様でいらっしゃいますね。先日農作物の論文を書かれたと耳にしております。ご活躍の程、まずはお祝い申し上げます」
「えっ、は……第一王女殿下におかれましては、ご機嫌麗しく……まさか、カルミア公爵家に連なる者とはいえ表舞台にはあまり縁のない私のことをご存じだとは……改めましてご挨拶する栄誉を賜り、光栄と存じます。カルミア公爵家三男、エリオットと申します」
「私も表には出ない王女ですが、風の噂というものはどこからでも聞こえるというものです」
ふふっと笑ったニュクスに、エリオットは戸惑いの表情を浮かべた。
そんな彼に椅子を勧めつつニュクスは「実は」と切り出す。
「……女王陛下が慰霊祭を急遽、欠席すると今朝になって連絡をしたのでは、と。それでお越しになったのですよね」
「それは」
「大変申し上げにくいのですが、女王陛下は第二王女の傍から離れないことでしょう。妹が発熱したようで、心配な母心と申しましょうか……王配殿下も今は陛下の代理で地方に視察に出ているのです」
「しかし第二王女殿下の熱は微熱と伺っております!」
「申し訳ございませんが、この宮には妹の病状に関しては伝わっておらず……そうなの? マーサ」
ふっと視線を向けて発言を許せば、マーサは沈痛な面持ちでそっと頭を下げた。
おそらく彼女も女王のやりようには色々と思うところがあるのだろうと理解しているニュクスは、急かすこともなくマーサの言葉を待つ。
第二子だけを大事にする女王。
妹と言いつつ、ニュクスがその妹と会話を交わしたことなど殆どない。
熱を出した、咳が出た、それだけで宮廷医師が何度呼ばれたことか。
ニュクスが同じようになっても使わすだけ無駄だと切り捨てた女王のことを、マーサは良く思っていないのだ。
(……当時はそれでマーサを諫めたものだけど、よく考えなくてもおかしいのは女王陛下だわ)
母親からの愛情を信じたくて、女王は自分に期待するからこそ厳しくしているのだと信じたくて。
そんな過去の己を思い出して、ニュクスは心の中で自嘲する。
いくら王太后に取り上げられて手元で育てられず愛情がないからといって、あからさまに蔑ろにするのは反感を買って当然のやりようだ。
本来ならばその王族の育成に携わる王太后が諫める立場となる予定だったが、病に倒れたことがこの国の寿命を縮めているのだろうとニュクスは過去三度の人生を振り返ってそう結論づけた。
「エリオット様、王室からの参加者が摂政である父でも許されるのであれば王女たる私が行くのはだめでしょうか」
「それは……」
エリオットが、戸惑いの表情を浮かべた。
それも当然であった。
女王が本来来る予定であった、国内最大の勢力を誇るカルミア公爵家の慰霊祭。
かつて疫病がこの国を襲った際に最も被害に遭いながら、その特効薬を作り上げた公爵家。
人々はそのことを忘れないために慰霊碑を建て、そして毎年大きな慰霊祭を開くのだ。
そして王家は公爵家の尽力により病が去ったとして、代々王家の人間が……主に女王がその場に赴き、人々の魂よ安寧たれと祈りを捧げる決まりなのだ。
「女王たる母の不義理を補うに、私のような子供では足らないかもしれない。けれどカルミア公爵家の尽力を、王家は決して忘れていません」
「……王女殿下」
(あくまで王家は、ね)
愚かな母親のことなど知るものか、とニュクスはそっと心の内で舌を出したのだった。




