いいえ、これは幸運の兆し
食事をしっかりと食べてた後も、ニュクスはただぼうっと外を眺めていた。
その様子にマーサは普段と違う乳姉妹の様子に戸惑っている様子を見せ、そっと周囲を窺うようにしてから「……今朝は陛下にお手紙を書かれないのですか?」と彼女に尋ねる。
それは、ニュクスの日課だったから。
朝一番に、まず母親から呼ばれていないか確認をする。
そして次に、会いに行ってもいいかと手紙を書く。
いずれも無視されるか、返事が来たとしても『不要』の冷たいものなので、毎回ニュクスが落ち込むだけなのだけれども。
それでも明日は母が振り向いてくれるかもしれない、そうニュクスは健気な行動をしていたのだ。
(……そうよね、何もしなくなったら驚くわよね)
ニュクスはそっと笑った。
今の自分はもう母親に対して、親としても女王としても期待をしていないからどうでもいいのだと彼女は心の中でそっと笑う。
とはいえ今回が四度目の人生だなんてことはマーサにも説明できない。
彼女を信頼していない、というわけではない。
むしろマーサを信頼しなかったら誰を信頼していいのかわからないというほど、彼女はかつて送った惨めな人生の全てにおいて、ニュクスの傍にいてくれたのだ。
けれど、どこにどんな目があるかもわからない王宮の中で、不用意な発言はできない。
悔しいが今のニュクスにはなんの力もないのだから。
「……もういいのよ、マーサ。期待しないことにしたの」
「ニュクス様?」
「お父様が時々いらしてくださるのだもの、それ以上を望むからお母様はお疲れになってしまうのよ。女王という重荷を背負ってらっしゃるのだから」
「それは……」
最初の人生ではニュクスは知らなかった。
女王は、あまりにも身勝手だ……とすでにこの段階で人々は不信感を抱いていたことを。
そして本来女王としてはしてはならない失態を犯すのだ。
一度目も、二度目も、ニュクスはそれを放置した。
三度目はその功績を父に譲った。
だが結果は芳しくなく、己の死に繋がったしマーサも不幸になったことを思えばこの件は放置してはならないと思う。
「!」
馬車が宮殿付近に止まる。
ニュクスはマーサを振り返った。
「何があったのか見てきて」
「かしこまりました」
そう、この件は――今代の女王、ベアトリス・デルフィニウム・ロレアヌスが、必要な公務を放棄したことに端を発する。
この国でも一、二を争う大貴族との決定的な不和が露わになり、これが燻っていた火種に更なる火をくべるのだ。
(確か……妹の調子が朝から少し悪いから傍についていたい、だったかしら?)
当時は羨ましいと思ったけれども、今となってみれば滑稽だ。
女王はニュクスの妹にとっては良い母親なのかもしれないが、姉妹の母としてはあまりにも冷たかったし、女王としては愚かとしか言いようがない。
何故ならば、彼女は悉く過ちを犯すからだ。
ニュクスはそれを知っている。
マーサが戻ってきたその足音で、ニュクスは立ち上がった。
「お待たせいたしました、ニュクス様。なにやらカルミア公爵家からの使者が火急の用事とのことですが、第二王女殿下が発熱のため陛下はお忙しいと追い返されたそうです。それで摂政殿下を探していたようですが……」
「……お父様は今不在なのよね。いいわ、使者をこちらに招いて」
「えっ!」
「カルミア公爵家からの使者を無下に扱うことはできないわ。女王と王配が相手をできないのであれば、王女である私が対応するのが筋というものでしょう。ほら、早く!」
「か、かしこまりました……!!」
もっともらしいことを言って急かせば、マーサは慌ててニュクスに頭を下げて出て行く。
以前までのニュクスならばこれは越権行為だと目も耳も塞いだが、その行為こそが王族らしからぬものであったと後に失笑を買うのだ。
そして対応しなかったことで両親からも責められ、罪を一人被せられて罰を受ける羽目に陥った。
(確か鞭打ち二十回だったかしら?)
一度ならず、二度までも。
いいや、二度目の時にはニュクスはきちんと対応した。
王配である父、ダンテに早馬を出したのだ。
だが、それでも結果は変わらなかった。
三度目の時に自ら対応をして罰は免れたものの、ニュクスの功績は最終的に父のものとなって誰にも認められなかった。
(あの時の失敗はもうしないわ!)
カルミア公爵領で執り行われる慰霊祭、それに本来は女王が出席し祈りを捧げる予定だったのだ。
それを碌な説明もせずに急遽欠席とだけ届けさせた女王に、今早く来るようカルミア公爵が怒りの使者を向けている。
(ここでカルミア公爵を懐柔できれば、私にとって大きな味方を得られるのよ)
公爵は女王を嫌っている。
それ以上に、憎んですらいるのだから!
Q.ここから本当に恋愛になるんですか?
A.ちゃんとなります。




