朝が来てしまった
「姫様、お支度整いましてございます」
「ありがとうマーサ。……ところで今日は何日だったかしら?」
「まあ、寝ぼけておいでですか?」
乳母の娘であり、姉のように優しく、ニュクスをずっと支えてくれた侍女のマーサが朗らかに笑う。
その笑顔を見て、ニュクスは少しばかり泣きたいような気持ちになった。
これまで、いずれの人生でも彼女はニュクスの母親である女王の失策により、恋人との縁が切れるのだ。
彼女の恋人は、女王に反旗を翻す公爵家の家臣である家の出身だった。
(……私を支えることを選んだ彼女は、別れを選ばざるを得なかった……私が、女王陛下を止められなかったばかりに)
あの時はそれが最善だと思ったが、今は違うとニュクスは決意を新たに鏡の中の自分を見つめた。
暗い紫の瞳は、この国では葬式に使われる花であるアキレギアと同じ色。
(あの人たちこそ、葬送花を送られるべきだわ。そうよ、私が届けてあげなくちゃ……今はまだ、無理だけど)
そのためには行動が必要だとニュクスはそっと笑みを作ってみせる。
大事なのは、今が何月何日かだ。
蘇りはこれで三度目とはいえ、一度目も二度目も、目覚めた月日は異なった。
日によって行動を考える必要がある、そう思ったのだ。
「寝ぼけてるわけじゃないわ。ちょっと変な夢を見て……日付が一杯出てくる夢だったの。起きた時、今が何年何月だったのかわからなくなるくらいだったのよ?」
「まあ! 不思議な夢をご覧になったのですねえ……」
子どもが夢のことを語るなどよくある話だからか、マーサは特に変には思わなかったようだ。
日付を聞いて、ニュクスは胸を撫で下ろす。
(間に合う。……そうよ、間に合うわ。むしろこれは神の助けかもしれない)
ほう、とため息を零す。
いつものニュクスであればここで『お母様やお父様から、何か連絡はない?』マーサに聞くところだが、生憎と今のニュクスには両親に対する情は残っていない。
「マーサ」
「はい、姫様」
「今日の朝ご飯って何かしら」
「はい、女王陛下は……って、え?」
「いやあねえ、朝ご飯よ。私おなか空いちゃった!」
ニュクスが晴れやかな笑顔でそう言えば、いつもと違うと思いつつもどこかほっとしたようにマーサは「ではすぐに支度してまいります」と言って出て行った。
(ごめんね、マーサ。ずっと……心配かけて)
今のニュクスは十才。
親の愛を求めて当然の年齢であった。
だが三度経験したどの人生でも、ニュクスに対して愛情らしいものを両親が与えてくれたことはない。
父親である摂政は、何日かに一度は顔を見せて贈り物もくれていたからもしかしたら多少は持っていたかもしれないが、期待はできないとニュクスは思っている。
何故ならば王配という立場にある父は、とにかく妻である女王に甘いのだ。
娘二人のことをそれなりには大事に思っているのだろうが、彼にとって一も二もなく女王の存在こそが全てだとニュクスはこれまでの人生でいやというほど感じさせられた。
一度目は無関心を貫かれ、二度目はうち捨てられ、三度目は多少褒められたがそれはあくまで『妹の役に立つから』でしかなかったのだ。
彼らの幸せな〝家族〟としての形は、ニュクスの孤独の上に成り立っていたのだ。
(ええ、ええ、そうよ。今度は……私は私のために、あの人たちを犠牲にしたっていいじゃない)
自分を大事にしてくれない家族よりも、自分を支えてくれた人たちの未来を守るためならばそれもきっと天は許すに違いない。
「たとえ私の死の運命が逃れられない天運だとしても、今度はあの人たちを道連れにしてやるわ」
ほの暗い笑みを浮かべたニュクスを知る者は、今はまだここにはいない。
ニュクスはそっと自らの頬に手をやって「いけない」と呟いた。
笑顔は笑顔でも、天真爛漫に見せなければ。
かつての妹がそうやって味方を増やしたように。
ニュクスは鏡の前に立つ。
顔立ちは決して悪くないのだ。
色味が地味だと女王には言われたが、この濃い紫色の目は母譲り。
黒髪は前女王である祖母譲りなのだから女王の系譜と言われればまさしくその通りだ。
母親からすれば、祖母の方に似ているからこそ腹立たしいと言われたのは二度目の人生だっただろうか?
妹は母と同じ髪色で、父と同じ目の色をしているから二人の愛情を一身に受けているのだろうか。
今となってはそうとしか思えない。
(でも私にとって、この容姿は武器だわ)
女王の血筋をハッキリと移したような色合いの容姿。
自分の選択で未来が変わっていくこともあるだろうが、それでも未然に防ぐべき事をなしていくために欠かせないもの。
(……都合のいいことに、今日は味方を増やせる日だわ)
鏡の前でにこりと笑う。
できるだけ、可愛く。そして利発そうに。
十才の子どもを意識して。
「やればできるじゃない、私」




