英知は一日では宿らない
「ニュクス!」
「まあ陛下」
「お前、アンネローゼを虐めるのではなくてよ! 姉なのだから妹に優しくしたらどう!?」
「あらまあ申し訳ございません。姉として過ちを質しただけにございます」
「なんですって?」
「食べられぬ菓子を無理に勧めるのは淑女としていかがなものかと……そうしましたら、先日の件を私の一方的な説教であると言うものですから。でもその件については陛下もご存じですものね」
「……!」
苦々しい表情を浮かべた女王が、パシンと音を立てて畳んだ扇子を手のひらで打つ。
確かに先日の件はベアトリスの若き日の過ちをいまだに正せない初めての勅令が、アンネローゼを害しそうになっただけにニュクスを咎めることはできない。
むしろあの時はよく止めた、とダンテが後に聞いて褒めたものだ。
あそこでニュクスが動かなければカルミア公爵の手前アンネローゼは処刑されるまでいかずとも、王族籍から抜かれていたかもしれないのだ。
ベアトリスとしては適当に言い訳をするつもりだったが、あの場にカルミア公がいたことが悔やまれる。
(この可愛げのない長女のためにどうしてわたくしが苦労しなければならないの……ッ!)
ベアトリスの胸の内としてはこの気持ちしかない。
先代の女王によく似た娘、自分にはこれっぽっちも似ていない娘。
夫にも似ていないこの長女をどうして可愛がれようか。
実母である先代の女王が亡くなって離れて暮らしていれば愛着も出るかと思ったが、やはりそんなことはなく……気がつけば冷めた目を向けてくることすら煩わしい。
(賢しらぶって貴族たちを味方につけて、わたくしたちを追い詰めようなど百年早いわ!)
可哀想に、アンネローゼのしょげた姿を見る度に女王の心がふつふつと怒りで燃え上がる。
ただし、それは女王の目に映るまぼろしだ。
なんせ当のアンネローゼはふくれっ面で先程まで勧めて断られたクッキーを頬張っているのだから。
「それはそうかもしれないけれど、アンネローゼが『美味しいものを分け合いたい』という優しい気持ちを否定するのはどうかしら?」
「そこは否定しておりませんわ。優しい気持ちを持つ妹でとても誇らしゅうございます。けれどなんの手違いか、こちらのご令嬢にはアレルギーがあり食べることができなかったのですわ。アンネローゼは知らなかったのですから、悪くありません。ただ、それを無理に食べさせようとすることはいけないと教えたまでです」
言外に、客のアレルギーについて配慮しなかった女王のせいだ、とニュクスは咎めを混ぜたことばにベアトリスは気付くこともなく、眉間に皺を寄せた。
そしてハッと鼻で笑ったのである。
「アンネローゼが折角勧めたのだから一口くらい食べる努力をすべきでしょう」
「……それは、本気で仰っておられるんですか?」
思わず唖然としてニュクスが問うと、女王は何を当然と言わんばかりにふんぞり返る。
周囲の夫人たちの目も気にせずに。
「当然でしょう、幼くとも臣たるもの王家の系譜には敬意を払うべきだわ。――アレルギーの食物を出したのであれば、それはニュクス、そなたの手落ちではなくて?」
ニュクスはその言葉に目を瞬かせてから、ははぁん、と胸の内で思った。
どうやら女王はこの失態を全てニュクスのせいにするつもりのようだ。
大方、裏方を手伝いたいと申し出たニュクスを寛大にも女王が許し、手伝わせたが失敗した……とでも言うつもりなのだろう。
もしその通りだったとしても、最終確認をしなかったのは女王の手落ちということになるのだが、そこに関しては何も考えていないに違いない。
しかしながらあまりにも杜撰なその言葉は、余計な不信を買うだけなのにとニュクスは広げた扇子の嗤った。
だってニュクスは後になってから誘われたのだ。
「おかしな話ですわ、私が準備をしたと仰るのですか?」
「そうでしょう、そなたが――」
「この会が開かれる直前にお誘いいただきましたのに?」
お茶会の責任を問うべき人間を、最初から廃していたとなればそれはそれで問題だ。
女王が全ての責任を負う――その覚悟だったというならば、まだ言い訳も成り立った。
だが、今この場で『ニュクスの責任』と言うならばそれは責任者を遠ざけておいて、自分は責任を最初から取る気もなかった……ということに他ならないのだ。
ましてや、女王のお茶会だ。
権威ある場として扱われる茶会を、幼い王女に任せるなど多くの夫人たちの目がどれほど険しいものになっているか、女王はまるで気付いていない。
(ああ、おかしい)
自ら次々と墓穴に嵌まるだけでなく、自らより深い穴にしていく女王の姿はなんとも滑稽で――そしてなんとも、悲しくなった。
(……私はこんな人にずっと縋り付いていただなんて!)
そしてそれに気付くまでに、こんなに時間がかかったことをニュクスは改めて悔いるしかなかった。
4度目で学んでいくニュクスはいつだって後悔ばかり。




