いっこ、にこ、
「なんですって!?」
「もう一度言って差し上げましょうか……!」
(おっと始まった)
ギスギスした空気に、緊張が高まった。
一見華やかに見える――実際のところ、ニュクスの周辺は穏やかで楽しめていただけに間違いではないのだが――中程の席次に名前のあった二人だ。
両家の仲が悪いことは周知の事実、それなのに隣り合っていたことで誰もがいつ何が起きるのかと心配していたことは今回も現実となったのである。
(……令嬢同士だったか、夫人同士だったかうろ覚えだったけど……夫人同士だったわね)
なるほど、それでより事態が重くなったのか……とニュクスは一人で納得していた。
その喧嘩が始まったにも拘わらずのんびりケーキを食べているアンネローゼに対しても、ニュクスはげんなりした気持ちになった。
そして我関せずで、他の夫人との会話に興じる女王にもだ。
(何してるんだか、本当に……)
他の周囲の夫人や令嬢たちが慌てて喧嘩の仲裁に入る中、誰もが主催者の声を待っている。
けれども女王は我関せずで、誰もが困った顔をしていた。
そして視線がニュクスに向けられる。
(そこで私に助けを求めてくるのも、なんとも言えないわね……まあ、仕方ないのでしょうけれど)
派閥の人間は、これまでの人生経験の中でニュクスを助けてくれなかった。
むしろ女王に追従して、彼女を追い込んでいたまである。
だからこそ、ニュクスは躊躇う必要などなかった。
彼女たちを利用することに、良心の呵責を覚えることはなかった。
あちらが利用してくるのだ、こちらが利用して何が悪いのか。
もしかしたら少しばかりは何も知らない彼女たちを利用することで、少しばかり気分が悪くなるかとも案じていたのだがそんなことはなかった。
そうこうしている間にも言い争いは激化しているのに、女王は動かない。
私は立ち上がる。
「アリスレッド伯爵夫人、ブルーメール伯爵夫人。ご歓談中のところ失礼します。第一王女ニュクス・アキレギアから挨拶をしてもよろしいかしら?」
王女が声をかけたのだ、夫人たちは苛立ちでギラついた目を向けつつも渋々といった様子で立ち上がり、膝を折る。
「……アリスレッド伯爵家のエマニュエルがご挨拶申し上げます」
「……ブルーメール伯爵家のマリリンがご挨拶申し上げます」
「ありがとう。両伯爵家の話はよく耳にします。アリスレッド家の絹織物はとても素敵ですものね、私もそちらの絹織物でできた手袋を愛用しているの」
「あ、ありがとうございます!」
「ブルーメール家の顔料も素敵よね。先日新作のインクを開発したと聞いて早速取り寄せたのだけれど、とても繊細な色合いでお手紙を書くのが楽しくなったわ。素晴らしい技術ね」
「ありがとうございます……!!」
両夫人が落ち着いたのを見て、ちらりと女王に視線を向けた。
今にも扇子を折るのではないかという勢いで握りしめ、ニュクスを睨む姿に『この程度のことで収まるのに情けない……』という気持ちをも抱きつつ、彼女は女王に向かってにこりと微笑んでみせた。
「陛下、そういえば陛下のご愛用の扇子もアリスレッド産の絹でしたわね。宝飾が得意なイエローリース家と協力したら素敵な扇子ができるかもしれませんわ。席次を変えて相談させてはいかがでしょう、可愛いアンネローゼのために」
女王は一瞬ぽかんとしてから、すぐにニュクスの意図を察する。
そして忌々しげに「……よかろう。アンネローゼのためになるなら、イエローリース家とアリスレッド家で良き扇子を作れるようまずは親交を深めなさい」と指示を出した。
自身の采配が悪かったことに加え、仲介に立つのを面倒がった結果ニュクスが目立ったことが気に入らないのだろうが、今更だとニュクスは心の中で舌を出した。
どこの家がどのような特色があるのか、四度目のニュクスだからこそ熟知しているが――この場にいた人間たちの目には、聡明な姫として見られていることにニュクスは気付いていない。
何故なら、ニュクスはこの状態でも我関せずで相変わらずケーキを頬張る妹のアンネローゼを見ていたからだ。
(……あの子、何個目のケーキを食べているのかしら……?)
そちらの方が気になってしまったのだからしょうがない。
ニュクス「なんでこの騒ぎでそんなケーキしか見ていないのかしら……?」




