私の幸せ
ニュクスは難しい顔をしていた。
いいや、彼女の目論見通りに話は進んだのである。
逆に言えばあまりにも思ったとおりになりすぎて恐ろしい。
何がと言えば、そうなるだろうなとは思っていたけれども誰も彼も考えが足りないのではないか、と思ってしまうほどにスムーズに話が進んでしまったから、である。
「大丈夫なのかしら、この国」
「かなり瀬戸際でございましょうな」
「そうよねえ……」
十才の小娘に心配される国だなんて嘆かわしい。
そうため息を漏らすニュクスに、老公爵は表情一つ変えずにただ茶を飲んだ。
その傍らで、シグムンドは静かに二人のやりとりに耳を傾けている。
「……それで、どのようになさるおつもりかな」
「前回私の知らないままに見合いが進み、大変な失敗がわかったでしょう。伝聞よりは現場にいて何があったかわかればその後の対策もしやすいかしらと思って。……知らないところで陛下の信頼が損ねられると、私も困るもの」
ロレアヌスの派閥は将来的に玉座を継ぐ者――すなわち、ニュクスにとっても大事な後ろ盾である。
女王の失態のせいでその場にいないニュクスまで累が及んでは困るのだ。
少なくとも『あの場で第一王女は派閥の者のために努力していた』という印象を残すことが大事である。
とはいえ、領民を巻き込まないためにも席次はどうしようもないが、アレルギー食品に関して遠ざけることはできるだろうと思うし、口喧嘩程度ならば間に入ればいいとニュクスは考えている。
面倒この上ないが、席次が配慮されたものでないならば、ある程度誰かが動かねばならないし――これで株が上がるならば幸いだ。
何もしなければ下がる一方だが、参加するだけで維持ができるか上がるのであれば少しの疲労くらい耐えればいいだけの話である。
「……でも終わったらきっと疲れているから、シグムンドとどこかに行ける公務はないかしら」
勿論、仕事が大前提だ。
それでもこの城にいるよりはずっと空気がいいだろうし、隣にシグムンドがいてくれるだけでとても楽しい。
最近ではニュクスが刺した刺繍入りクラバットを愛用してくれている彼に、より良いものを作ろうと鋭意努力をしている。
基本的に、ニュクスは尽くす人間なのだ。
元々の性格であり、尽くす先がこれまで問題だっただけで。
(ちゃんと感謝してくれる人に尽くせるのって楽しいわ!)
これまでの恩を返すために尽くすのだ、とシグムンドに会うまで意気込んでいたニュクスだが、実際に尽くし始めて気付いたのだ。
シグムンドはいつだってニュクスに応えてくれる。返してくれる。
だから彼のために刺繍をしても、料理をしても、お茶を淹れても、なんでも嬉しいのだ。
シグムンドならきっと喜んでくれるし、褒めてくれる。
なら次はもっと、喜んでもらえるように……と思うのだ。
そしてニュクスにとって最大の尽くす行為こそが、シグムンドの暮らしを守ることなのである。
(私は幸せだわ)
四度目の人生で、これほどまでに充実している。
親切や愛情に応えてもらえる、それは当たり前のことだろうにこれほどまでの幸福を味わう日が来るなんて彼女は知らなかったのだ。
三度も人生を失敗しなければ気づけなかった、だけれどそれがあったから今がある。
「……カルミア公、何があるかはわからないけれど……最善を尽くすわ。けれど期待はしすぎないでね、あなたたちの手を借りなければならないことの方が多いもの」
「承知しております。ニュクス殿下はまだ十才。当然のこと」
それに人生三回分繰り返したお陰で忘れられない出来事を記憶しているだけなのだ。
ある意味でズルなのだから期待されすぎると困るのだ……と思うもののやはりそれをニュクスが言葉にすることはない。
「そうね……その言葉に甘えさせてもらうけれど、少しずつ国を立て直しましょうね。よろしくお願いしますね」
「身命に賭しまして」
愛する人たちが幸せになれるのなるためならば、やはり女王の座に就こう。
そのためにも茶会ではロレアヌスの派閥を掌握する一手にしなければならない。
(……上手く行きますように)
ニュクスはそっと気合いを入れるのであった。




