ライバルは誰か
「いかがでした?」
ニュクスが宮に戻ると、シグムンドとカルミア公爵家のエリオットが心配そうな表情で待っていた。
マーサに茶を出してもらい一口飲んだところで、エリオットが尋ねてくる。
それを無作法と咎めることもなく、ニュクスは首を横に振った。
「思ったよりも面倒なことになっているかもしれないわ」
彼女も語るより先にため息が漏れたことで、シグムンドが気遣わしげな表情を浮かべた。
エリオットも聡明な王女のその様子に、余程のことがあったのかと心配そうだ。
「……まずアンネローゼの礼儀作法は外遊などを任せるには至らないから、王配殿下に注進すべきね。……いくら見合い相手とはいえ、きちんとした挨拶が出来ないところを見られたのはとてもじゃないけれど、メランジュ王国として恥ずべきことよ」
普段は大抵のことでは何も言わない王女の強い言葉に、シグムンドとエリオットが目を丸くする。
実際にはニュクスだって聖人ではない。
心の中でダンテのことをめちゃくちゃに罵ることもあれば、アンネローゼや女王の失敗を笑うこともある。
勿論それは王家の人間に限定したことなので、そういう意味ではニュクスはそれなりに周囲にとっては良い王女であるのだけれども。
「それから、プレティシャスの第二王子に送られたという求婚状? 見合いの申し込み? それもどれほど曖昧に書いたのか……曖昧だから良かったと思うべきか、それとも我が国の恥と思うべきか。お相手のアトリアニ殿下は、見合い相手を私だと思っていたようよ」
「なんですって、それは……」
エリオットもこれには絶句した。
何故なら王族の婚姻は、契約そのものだ。
勿論そこに恋情が生まれないとは言わない。
だが基本的には国家の為になる、同盟や信頼関係を築くためのもっとも手っ取り早いものである。
シグムンドが選ばれたのだって表向きは民衆の心を掴むためだとされているように、その婚姻はありとあらゆる方向で利用されるものなのだ。
「……エリオット殿、申し訳ないけれど私の婚約が国外に知らされていないかどうかを調べてちょうだい。私が動けば目立つでしょう」
「かしこまりました」
「シグムンド、あの……どうかこのまま婚約者でいてくれないかしら。あちらがどう思うのであれ、私はあなたとこのまま……夫婦になりたいわ。だめ?」
ニュクスはこてんと小首を傾げながら不安げにそう言えば、弾けるようにシグムンドが顔を上げた。
いつの間にか俯いていた彼は、ニュクスが大国の王子から婚約の相手と目されるほどの少女である事実に衝撃を受けていたのだ。
シグムンドとて、この縁が奇跡のようなものであることは最初から理解していたのだ。
だがあまりにも自然にニュクスが受け入れてくれて、自分との会話に笑顔を見せてくれるものだからついそれを『当然』のようにいつの間にか受け入れていたことに愕然としていた。
他国の王族、数多の貴族、彼らの方がずっとニュクスに相応しく、シグムンドは幸運にもたまたま彼女の隣に立つことが許されただけなのだ。
その事実に打ちのめされた彼を掬い上げたのも、またニュクスであった。
「も……勿論です! お、おれも、ニュクス様と夫婦になりたい……!!」
「よかった。まだ数年お待たせしてしまうけれど、シグムンドがそう言ってくれるなら嬉しい」
はにかむ少女のその姿にシグムンドが胸を押さえる。
その顔は真っ赤になっていて、近くで見ていたエリオットだけがそれを生ぬるい視線で見守るのであった。




