よくわからないことになった
しばらく黙り込んでいたアトリアニ王子は、本当に――本当に、信じられないと言った様子で口を開いた。
「……見合い相手が、第二王女?」
あまりにも不可解だと言わんばかりの表情と共に呟かれたその言葉に、誰もが目を瞬かせる。
なんなら、アトリアニが連れてきた護衛たちまでもが怪訝な表情だったのでつい笑ってしまいそうになるのをニュクスはすんでのところで耐えた。
そしてそれと同時に不思議になる。
王女との縁談、見合い……それを前提としているはずなのに、何故彼はそんなにも驚いたのだろうか?
アンネローゼとの見合いを利用してこのメランジュ王国の内情を探ろうとしているのではなかったのか、と内心首を捻っているとアトリアニは眉間に皺を寄せ、苦々しい声を発した。
「……才媛と名高きニュクス・アキレギア姫との縁談かと思っておりました」
「……えっ?」
聞き間違いか? とニュクスまで思わず間抜けな声を出してしまったが、それよりもずっと大きな声でアンネローゼと女王も同じように驚愕の声を上げたためニュクスの声はかき消されていた。
そのことにホッとするのも束の間、アンネローゼがいつものようにダンダンと足を踏みならす。
「なんで!? なんでお姉様と……さいえんってなによ、難しい言葉使わないで!」
「ア、アンネローゼ、落ち着きなさい……!」
女王が慌てて宥めるも、アンネローゼの不機嫌は収まらない。
その所作はもはや幼児のそれと同じで行動が予想できているニュクスでさえ呆れるほどだ。
「女王陛下、どうやら行き違いがあるようです。陛下とアトリアニ殿下でまず状況のすりあわせをしてはいかがでしょうか」
そっと進言すれば、さすがに女王もこの状況はまずいとわかっているのか、ニュクスの言葉に素直に頷いた。
「……そのようだ。アトリアニ殿、申し訳ないがわたくしの執務室へ。一度きちんと話しましょう。アンネローゼ、ニュクス、下がりなさい」
「かしこまりました」
「お母様!!」
「大丈夫よアンネローゼ、この母に任せておきなさい。ね? そこのお前、アンネローゼを部屋へ。甘いお茶とお菓子を用意して上げて。ほら、急ぎなさい!」
近くに立っていたメイドに鋭く指示を出す女王の姿は、さぞかし慈愛に満ちた様子に見えることだろう――あくまで本人の目とアンネローゼには、だが。
対してニュクスには一言も声をかけないその姿を、他国の人間はどう見るだろうか?
それを思うと溜め息が漏れるニュクスだが、なんとか客人の前でそれは耐えてみせた。
「……それではプレティシャス王国の皆様、失礼いたします」
「ニュクス姫!」
「は、はい」
「……後ほど、お時間をいただけるでしょうか?」
「わ、私と、ですか?」
アトリアニの言葉に戸惑いが隠せない。
女王やアンネローゼの不興を買うこと自体は構わないが、自分との縁談を期待していたような素振りも含めアトリアニの意図が読めず困惑しているとアンネローゼが金切り声を上げた。
「だめよ!」
「……ぼくは、ニュクス姫にお伺いしているのですが?」
「だめったらだめ! アンネローゼが言ってるんだからだめなの!!」
「……」
喚くアンネローゼを、不快そうに目を細めたアトリアニが見ている。
さすがにこの惨状をどうにかしなければと思ったのだろう、女王はメイドに慌ててアンネローゼを連れ出すように言い、続けてニュクスにも退室を命じた。
「ニュクスには公務もあります。アトリアニ殿との時間は取れぬでしょう。あれには似合いの婚約者もおりますので……」
「婚約者? ニュクス姫に!?」
アトリアニが更に眉間に皺を寄せるところまでは、ニュクスも確認していた。
だが、その意味まではわからずじまいだ。
追い出されるようにして退室したニュクスは大きなため息を吐く。
遠くでは、アンネローゼがまだ泣き喚く声が聞こえていた。




