優美な毒
プレティシャスの第二王子、アトリアニ。
シグムンドに比べると随分細身ではあるが優美さはさすがに王族と言うべきか、とニュクスはそう思う。
アンネローゼよりも遥かに美しい金の髪に、どこか蠱惑的な紫色の瞳は単なる美少年と言うにはすでに完成された色気を保っているようにすら思える。
(……危険なタイプだわ)
想像していたよりも、ずっと。
ニュクスは警戒を強めるほかにない。
とはいえ、今の彼女にできることはなく、ただこの場の動向を見守るだけなのだけれども。
隣ではアンネローゼが無邪気にはしゃぎ、そんな妹を止めようともしない女王に辟易するばかりである。
相手は他国の王族なのだ。
礼を失してどうするというのだろうと思わずにはいられない。
「遠い道のり、よう来られたアトリアニ殿。疲れたであろう? ささ、こちらへ参れ」
「……プレティシャスの第二王子アトリアニがメランジュ王国の女王陛下にご挨拶申し上げます。この場で礼を尽くせましたことに、安堵いたしました」
ニュクスは息を呑む。
至極丁寧に見える美しいまでのお辞儀と共に述べられた口上は、ニュクスにしてみたらなんとも攻撃的であったからだ。
隣国の女王だから挨拶をしてやった、礼儀だから挨拶してやったけどその程度のコトモさせてもらえないかとおもってこっちがヒヤヒヤしたぞ、と言われているようなものである。
即座に胃が痛くなる思いであるニュクスに対し、女王は鷹揚に頷きむしろ満足そうだ。
(ちょっと、嫌味言われてるんだから……いえ、もしかしたら笑顔でこの程度の嫌味は気にしないって態度で示している可能性も……腐っても女王なのだし)
殆どのことをダンテが補っているとはいえ、女王は女王だ。
それなりに貴族たちや他国の王族たちとやりとりもしているのだし、慣れているのかもしれない。
淡い期待をしつつ、女王が次にどう出るのだろう、とニュクスは身構える。
「アトリアニ殿、こちらの娘が本日そなたと見合いをする第二王女のアンネローゼ・ネモフィラだ。愛らしいであろう?」
「こんにちは、はじめましてぇアトリアニ様! わたしのことはどうぞアンネローゼとお呼びくださぁい」
(挨拶らしい挨拶もしてないし許しも得ていないのに隣国王子の名前を勝手に呼んでるし……あああ、もう胃が痛いわ!)
同等とでも思ってんのか!? とニュクスは声を大にして言いたい。
残念ながら礼儀作法の観点からも、立場からも、そのようなことは出来ないのだけれどmお。
ここで声を上げれば暴挙を止めたとして本来ならば称えられるところであろうが……それでも同時に序列を重んじるべき場でもあるのだ。
「……陛下、私もご挨拶をしてよろしゅうございますか」
精一杯が、これだとニュクスは思う。
どうやら女王が此方の存在を無視して話を進め、惨めな思いをさせたいのだろうが――それでは相手がどう思うか、まずそこに思いを馳せてもらいたいものである。
(それともこれも私を通じて相手の力量を測るため? そんなことはほぼないとわかっているけれど、そうであって欲しいと思ってしまうわ!)
いくらなんでもこの感性で女王を務めていたのだとしたら、責任も何も感じていない愚かな女性ということになってしまうではないか。
そしてそんな人に愛情を求めていた自分が、いかほどのものであったのかと思うと恥ずかしくて体が震えそうである。
そしてその震えをどう受け取ったのか、女王は満足そうに笑う。
「おお、そうであったわアトリアニ殿。これなるは我がもう一人の娘、ニュクス・アキレギアである。覚えておく必要はないが、一応紹介しておかねばなるまいよ」
「でも見合い相手はわたしですから、お姉様のことはお気になさらず!」
「……ご紹介に与りました、ニュクス・アキレギアでございます。アトリアニ殿下におかれましては、どうぞお見知りおきくださいませ」
念のため挨拶だけはきちんと重ねておいて、反応を待つ。
どうにも相手の様子がおかしくて、ニュクスはちらりと視線だけを向けた。
勿論これだってあまり褒められた行為ではないのだが、それでも気になったのだ。
アトリアニ王子は、眉間に皺を寄せていた。
そしてじっと、視線は一点の迷いもなくニュクスを見ていた。
それはもう、怖いほどに。




