平和な時間は作るもの
「アンネローゼ、落ち着いてちょうだい。いったい何があったの? 女王陛下が私のせいで悪く言われている? おかしなことを言わないの、陛下の威光あって今回の流行病が早く収束したとみんな称えているじゃないの」
嘘ではない。
今回、アルベール・ライルリヒが薬を開発するにあたり彼に対して貴族たちの不満が集まらないよう、カルミア公爵家が動いたのだ。
図解としては簡単だ、王家のために貴族たちが尽くす、その貴族は民を守る。
ひいては王家が民を守っているということ……というのが考えの根底にあり、それを都合良く解釈してもらったのだ。
カルミア公爵家や他の貴族家は民間の医師と共に地方の民から薬を使ったが、それは女王陛下にも勿論報告に出した。
だが思った以上に広まりが早く、国内に深く入らせないためにも地方で押さえるべく薬はそちらと、動きの多い民衆を優先しただけ。
慈愛に満ちた女王陛下ならば理解してくださると貴族一同、その意を察し動いただけだ、と。
国民はそれを許した女王陛下の寛容さに感謝している……と。
そのことにベアトリスは素直に気を良くしているらしいが、ダンテが少しばかり苦々しい顔をしていると聞いてニュクスは笑いを堪えるのが大変だったくらいだ。
だがその裏で、良識ある貴族たちの間でカルミア公爵家が積極的に動いたのは、ニュクスが働きかけたからだ……とまことしやかに囁かれているのである。
女王や王配が無能だから、王女が私費を使って民間の医師たちを助け、そのお陰で薬が開発されたのではないか。
身分を隠し、患者たちを励まして回った……などという噂まで出ているのだ。
「嘘仰いよ! 噂はお姉様が流しているのでしょ!」
「まあ、噂ってなんのこと? 噂なんて知らないわ……困った子ね、お客様の前で……」
ニュクスはちらりと視線をシグムンドと、そして奥にいた老公爵の姿に視線を向ける。
今日は『特別なお茶会』をするのだとこちらに寝返ったメイドたちを通じて、アンネローゼの耳に入るよう仕向けておいたのだ。
(まさかこんなに上手く行くだなんて!)
ちなみに噂を流したのは、本当にニュクスではないしそれがどう広まっているかなんて彼女は知らない。
むしろ民間の病院に足を運んだのは、アルベール・ライルリヒに会いに行った一回きりだし、おそらくは老公爵が何かしら動いたのだろうとニュクスは思っている。
何せ、女王が称えられて面白くないのはニュクスもそうだが、カルミア公爵含め多くの貴族たちがそう思っているのだ。
面倒だから触れないだけで。
アレには何を言っても無駄だという空気はあるが、持ち上げておけばうるさくないもののただで持ち上げるには腹が立つ、というなんとも幼稚な話ではあるがそういうことだ。
それに一見幼稚ではあるが、それによって誰がどの位置に立ってこの国に存在しているのか、おそらくあの老公爵は見定めていることだろうとニュクスは思っている。
(……私にはない広い視野と、そして人脈が成せることだわ)
成長して立派な王女と呼ばれるようになったとしても、果たして老公爵がやっていることにどれほどまで近づけることかと少女は胸の内でため息を漏らすばかりだ。
こちらの自己肯定感を挫いてくるような有能な人物ばかりがいることを、助けてもらえて良かったと思うべきか否か……なんとも難しい話だとしか言いようがない。
「嘘よ! これ見よがしにお茶会なんてしちゃって……! わたしやお母様はお茶会に呼んでも誰も来てくれないのに!! お姉様ばっかりずるい!!」
「あら……」
ニュクスの中では正直『何を言っているんだろう、この子』という感覚である。
誰も誘っても来てくれないのは、第二王女と女王の茶会が彼らにとって利のない、無駄なものだから適当に理由をつけて断っているのだろう。
今の噂の流れを考えるに、第二王女派と思われてカルミア公爵家と敵対することになる可能性を恐れているということも考えられる。
(まあ、単純に二人が嫌われているってこともあり得るけど)
人の顔色を窺うのが上手な貴族夫人たちが挨拶程度も来てくれないのであれば、女王の人柄も見えてくるというものだ。
それに、茶会を開いていると言っても婚約者とのものであって、羨まれる筋合いはないのだけれど……とニュクスは苦笑してしまう。
更に入り口の方が慌ただしい空気になったのを見計らって、ニュクスは小首を傾げて見せた。
「先日まで賑やかなお茶会が続いたから、きっと皆様遠慮してくださっているのよ。流行病の後だもの、自粛というやつね」
「そんなの知らない! 全部お姉様が悪いのよ、お母様もそう仰ってたもん!!」
「まあ、落ち着いてアンネローゼ。お菓子もあるし、良かったら……」
「要らないわよ、そんな貧乏くさいクッキーなんて!」
ニュクスの手作りと知るシグムンドが途端に眉間に皺を寄せたことに、アンネローゼは気付かない。
地団駄を踏んで怒るアンネローゼにニュクスが宥めるふりをして近づく。
するとニュクスが予想していたとおり、彼女は怒りに任せて伸ばされた手を大きく振り払い、近くにあった花瓶をはたき落とそうとしたのである。
「なによ、こんなものまで飾っちゃって……!」
「アンネローゼ!」
ぱぁん!
派手な音が、鳴り響いた。




