震えるほどに、待ち侘びた
十才の春に記憶を取り戻し、夏に婚約が決まった。
そして秋に流行病が王都にまで届き――それはあっという間に収束した。
(これまでの人生と同じね)
収束までの期間が短く、また、流行病に罹患した人数こそ多かったが死者の少なさがこれまでと異なる点かとニュクスは書面に記された数字を見て思う。
アルベール・ライルリヒはニュクスの期待に見事応えてくれた。
その上で先んじて地方の貴族家、特に東側から広め、民衆にも多くで回ったお陰か薬の権利云々で揉めることはなく、この危機に尽力した医師として賞賛されるだけに留まったのである。
多くの貴族家から支援を受けた彼の診療所は立派な建物となり、彼の存在が民間の医師も捨てたものではない、自領の医師が育てば今回のような事態で心強いと多くの領主たちに思わせることもできたのである。
貴族たちはお抱えの医師がいる事も多いが、自分の領地で流行病が流行って自分を見る医師しかいなかった、などお笑いぐさな話しをよそにできるものでもない。
領民の健康になどこれっぽっちも興味がなかったところほど、周辺の領地に助けを求めては恥をかくことになったのだからニュクスとしては笑い話のようなものだと思っている。
表立って大笑いをするわけにはいかないので、こっそりと、だけれど。
「ニュクス姫」
「シグムンド、いらっしゃい」
そんな中、ニュクスとシグムンドは少しずつ関係を深めていた。
シグムンドは乾いた大地が慈雨を吸い込むかのように知識と振る舞いをぐんぐんと身につけていた。
ニュクスがこの王城というところで、どのような立場にあるかを理解して彼女の振る舞いを見てからは『見合うだけの人間になりたい』と率先して教育を受けるようになったのだ。
それも『ニュクス姫にびっくりしてもらいたい』と王城で一緒に学ぶ時間の他に、カルミア公爵家に戻ってからも学んでいるのだ。
その上で騎士としての訓練も絶やさず努力を重ねている。
それをマーサ経由で知ったニュクスはたまらなく愛しく思ったものである。
「今日のお茶菓子は少し不格好ですけれど、許してくださいませね。マーサに習って私が作ってみましたの」
「ニュクス姫が? 嬉しいな」
「お茶も上手に淹れられるようになったのですよ」
にこにこと会話を交わす少年少女、その無邪気な姿に使用人たちは心を和ませる。
変わらず質素な第一王女の宮ではあるが、それでもこの二人の関係が成立してからは随分と様変わりをしたと言ってもいい。
カルミア公爵家からの贈り物が、第一王女の宮を補った。
女王ベアトリスの勘気を蒙ることのない程度に調え、そして飾ってくれるお陰で季節の彩りが増え、茶葉の種類も増えたのだ。
そして女王と第二王女の振る舞いが傍若無人なものになるほど、女王の使用人たちがこっそりとニュクスの宮へ品物を流してくる。
特にカルミア公爵家からの贈り物は、シグムンドからニュクスへの贈り物だと言えばたとえ女王であっても咎めづらい。
「そういえばあの花瓶、見たことがないものじゃないか? 綺麗だね」
「そうでしょう? あれはお祖母様のよりも前の代になるけれど、カルミア公爵家から贈られた品だそうなの。シグムンドにも縁があるし、倉庫で埃を被っているのはもったいないと思って王配殿下に許可をいただき飾ってみたのよ」
「そうなのか……ありがとう、ニュクス姫の心尽くしにはいつも感謝しているんだ」
「喜んでもらえて嬉しいわ!」
和気藹々と話す二人はすっかりと打ち解けて、堅苦しい言葉遣いのない年相応の表情を見せていた。
勿論、公の場ではそうもいかないので教師からは厳しく注意も受けているが、二人の授業の進み具合から今日はただ茶を飲む日であってもいいだろう、という計らいがあったのだ。
だからこそ、ニュクスは花瓶の使用をわざわざダンテに打診したし、茶菓子も手作りしたのである。
いつものように卓に座り茶の準備をし始めたところで、宮の入り口が俄に騒がしくなった。
「まあ……なにかしら。マーサ、見てきてくれる?」
「かしこまりました」
マーサが立ち去ってすぐ、騒ぎはどんどんこちらに向かってくる。
その声の主に心当たりのあるニュクスは内心で『きた!』と喜びを隠せなかった。
「酷いわ! ずるいわ! お姉様!!」
「まあアンネローゼ、騒がしいこと。どうしたの」
「どうしたもこうしたもないわよ! お姉様のせいでお母様が悪く言われているのに、こんなところでのんびりお茶会だなんて!!」
騒がしい闖入者――第二王女のアンネローゼが、自分こそが正義だと言わんばかりの態度でニュクスを睨み付けているこの光景にニュクスは僅かに体を震わせた。
「ニュクス王女、おれの後ろに」
「いいえ、シグムンド。大丈夫……」
その震えは恐れではない。
これから起こるであろう騒ぎを思っての、歓喜の震えだったのだ。




