ねえねえ、知ってる?
ニュクスたちは医院の奥に案内された。
部屋と呼ぶにはあまりにも粗末な場所であったが、それでもニュクスが不満を漏らすことはない。
むしろ以前の人生で女王に投獄された牢屋の方が酷い有様だったからだが、それでもこれが民衆の暮らしに近い部屋なのだろうと思うと胸を痛める程度には粗末な部屋であった。
「申し訳ありません、姫君に使っていただけるようなクッションなどはなく……」
「いいえ、お気になさらないで。私が勝手に押しかけたようなものなのですから」
「ニュクス姫、こちらを」
「まあ、ありがとう、シグムンド!」
さっとハンカチを取り出して椅子の上に敷いてくれたシグムンドにニュクスは笑顔で礼を言う。
婚約者関係としてはごくごくありふれた光景であるが、アルベール・ライルリヒはそれを信じられないものを見るかのような目で見ていた。
平民上がりの婚約者、それはすでに有名な話であったが、それを王女が受け入れ好意的に過ごしているという話も本当だったのか、と。
「患者の皆さんには貴重な医師の時間をもらって申し訳ないけれど、お時間をいただけてよかったわ。なにせ私は夜間は出歩くこともできないし、あなたに来ていただくとどうしても女王陛下の目が……」
そっと目を伏せるニュクスはそれ以上言わない。
だが大多数の人間が、今代の女王は娘である第一王女を嫌っていることはすでに有名だ。
何故なら第二王女と共に、お揃いの派手派手しい豪奢な姿で現れて周囲を唖然とさせただけでなく、ニュクスを貶めるような言動でアンネローゼが如何に素晴らしいかを話して、逆に引かれていたのである。
そう、例の茶会である。
名だたる貴族家の令嬢子息を集めてはそうやっているものだから、アンネローゼの我が儘ぶりや女王と揃っての浪費が目に見えてわかる形になって付き添いの使用人たちから、また子供たちからも親に伝えられるのである。
その点ニュクスは日々婚約者と勉強に励み、仲睦まじくしている……という慎ましやかさが伝えられるだけで、シグムンドの後見であるカルミア公爵家からも特に何か言われることもない。
王家と険悪な仲となっていたカルミア公爵家が沈黙を貫くのだ、それはつまり好意的とみていいだろう、と貴族たちは勝手に思うのである。
そして人の口に戸は立てられない。噂は何かしら巡るのだ。
そう。
町にいる、王家の反勢力などにも。
全てが、今のニュクスには追い風のように感じられた。
「現在、東国で病が増え、その流れが当国にも来ているという話で王配殿下が奔走していることを耳にしております。……私にできることは、こうして薬草を融通することだけですが……どうか、薬を開発し、流通させることにご協力願えませんか?」
「……何故、一介の町医者に過ぎない自分にそのようなお声がけを?」
アルベール・ライルリヒの問いは当然のことだとニュクスは頷く。
そして彼女は一枚の紙を取り出した。
「ご覧になって。これは――現在の、王城内の医師の一覧ですわ」




