にんまり笑う
ニュクスの記憶にある第一の流行病。
これは三度の人生で必ず起きた。
東の地方から端を発し、治療薬ができあがるまでに多くの被害を出したのだ。
そう――それはまるでカルミア公爵家のあの慰霊祭の物語の再来かのようである。
勿論、かつてのその被害を知っていながら王家が対応に遅れをとったために貴族だけでなく、多くの民衆から反感を買ったことは言うまでもない。
(一度目の時は何もできなかった。二度目の時はそれでお父様が病気になって死にかけた。三度目は事前の知識があったから治療薬早々に用意したけれど、アンネローゼが民衆のためにお金を用意したとか言って功績を横取りされたのよね……)
功績を横取りされただけならばまだ良かったが、それを後に『民衆に薬を配るくらいなら、もっとあたしに贅沢をさせてくれる人を優先的に配るべきだったんじゃない? 気の利かないお姉様!』と大勢の前で言ってしまいそれを咎めた女王が妹姫の言動を気にできなかったお前が悪い、とニュクスを地下牢に閉じ込めたのだ。
(今思い出しても腹が立つわね……!)
何が『妹のことを導くのが姉の役割でしょう』なのかとニュクスは今でもやりきれない。
家族への情を失ってみればなんとも簡単なことだ。
(子供への教育の責任は親のそっちが持ちなさいよね……!)
悪の道に引き込んだなどの咎があるならばニュクスだって反省の一つや二つはしたろうが、現段階までの三回の人生も、そして現在も、決して姉妹の縁は交わらない。
その間に立ちはだかる女王と、まるで役に立たない王配がいるのだから当然と言えば当然なのだが、それなのに一人悪者にされる意味がわからない。
(私を落としたところで、アンネローゼが女王への道を歩んだら誰が補佐するのかしら)
きっと今頃、あのわがままな妹は姉にだけ婚約者という名の夫ができたことを羨み続け、ああでもないこうでもないと自分の婚約者は更に素晴らしい人でなければいやだ! と女王を困らせているに違いない。
そして女王もまた、そんなアンネローゼを愛らしいと思いながら最高の良縁を求めて見定めていることだろう。
「まあ、相手がそれを喜ぶかどうかは別ね」
「……ニュクス姫、何か?」
「いいえ、なんでもないわシグムンド。そろそろ到着しそう?」
「はい。……しかし、よろしいのですか」
「何が?」
「……民間の、医療所を訪ねるなど」
「ああ、形式など重んじなくていいわ。この場においてはね」
「……判別が、難しい」
「そうね。……大丈夫、シグムンドはすぐにわかるわ。説明したいけど、もう到着したみたいだからまた今度でもいい?」
「姫が、教えてくれるって言うなら、おれはいつでもいい」
「ありがとう、シグムンド」
ニュクスにとっては勝手知ったる人生だ。
しかしそうでない人々にとってみれば、ニュクスの行動は唐突なもののように見えていることだろう。
(本来なら、貴族の令嬢たちを通じて夫人へ、夫人を通じて夫君たちへと繋げたいけれど、それでは間に合わない。カルミア公を通じて書簡を送ったけれど、返事を待っている時間も惜しい)
薬の開発を担うのは、まだこの時期見出されていない民間の若い医者。
かつて王宮医師を目指しながら、王家の腐敗具合に背を向けて、王都から少し出たところに小さな医療所を開いた男。
「……失礼するわ。混雑しているかしら?」
「悪いが患者ならば新たに並んでくれ。そうでないならまた夜に」
「夜は外出が厳しいの。それより物資を持ってきたと言ったら、役立ててくれるかしら?」
ニュクスの言葉に応じるように、シグムンドが持ってきた大きな布袋を置く。
勿論、シグムンドだけでなくその後ろにいたカルミア公爵家の騎士たちも袋を持っている。
その光景に、ようやく振り向いた医師の顔が驚愕に染まるのを見てニュクスはにんまりと笑ったのだった。
(おっと、王女として少し品がなかったわね! 反省だわ)




