手を繋ぐところから
シグムンドとの対話する時間を持てるよう、老公爵が席を外してくれた。
本来であれば女王が認めたとはいえ、まだまだシグムンドはあまりにも足りない立場であったことから婚約者という形になっていると説明があった。
「……ねえ、カルミア公。公が彼につける教師なのだけれど」
「はい、なんでしょうか?」
「教育を、この宮に来て行うことはできないかしら」
「なんですと?」
「ああ、ああ、公を信じていないわけではないのよ」
ニュクスの突然の申し出に、老公爵が眉をひそめたのを見て彼女は慌てて手を振った。
それから少し恥じらうようにして、周りを見回す。
ここにきた際に老公爵からも言われたことではあるが、寂れた宮だ。
女王が好まないからと、王女に対して行っていいことかと問われたら問題でしかないのだが、王配ですらそれを許しているのだから誰が止められようものか。
「……お恥ずかしい話だけれど、私の家庭教師は解雇されてしまって久しいの」
「……なん、ですと?」
「お祖母様がつけてくださった家庭教師はオスマンサス侯爵家の夫人でした。とても高名な方よね。女王陛下も是非アンネローゼの教育を、とお願いしたのよ」
それ自体は別におかしな話ではなかった。
姉妹揃って、社交を公に行う年齢になるまで同じ家庭教師に習うことはよくある話であったし、優秀な教師ともなればかけられる声も少なくない。
ましてや侯爵家の夫人という立場であれば、娘たちの今後の社交界における良き相談相手ともなってくれるのだから女王がニュクスよりも溺愛するアンネローゼにつけたいと思っても、なんの不思議もない。
「でもアンネローゼには少しだけ、そう……多分、そう、少しだけ厳しかったようなの。あの子は体が弱いから、随分と女王陛下が大事にしているでしょう? だからか、オスマンサス夫人の教えを受けたくないと言ってしまったみたいで」
「なんと……」
「それで、あの子が受けられないならば私が受けるのは不平等だからと、オスマンサス夫人に辞めていただいたのよ。アンネローゼはすっかり勉強嫌いになってしまったみたいで、次の家庭教師が見つけていないらしくて……」
ほう、と頬に手を当ててため息を吐くニュクスは決して女王と妹に対して思うところなど無いというような態度だが、語る内容はあまりにも明け透けだ。
老公爵は静かにあごひげを撫でた。
「でも私はあの子より年長なわけだから、これから困ることも増えると思うの。そうでしょう?」
「……さようですな」
「その時に、王女として恥をかいてはいけないし……もし良かったらシグムンドと共に学びたいわ。私も何も知らないのだから。だめかしら?」
にこにことニュクスがまるで本当に何も知らないかのようにあどけなくそう願えば、老公爵が難しい顔をしつつも『是』と答える他にない。
確かに第一王女という立場上、これからは王配と共に女王を支えていく立場として、あるいは王太女として貴族たちに認めてもらうためにも公務に出て行く立場である。
いずれは第二王女もそれに続くのだろうが、今の段階でこの様子ではとてもではないが難しい、と老公爵は思ったのだ。
そしてそう思わせることこそがニュクスの願いでもあった。
なにせニュクスは人生四度目の大ベテランである。
実際、オスマンサス夫人を失ったことで一度目の人生も、二度目の人生も随分と周囲には馬鹿にされたものであるが、それらの失敗を踏まえ三度目の人生ではアンネローゼに教育を受けさせるついでに自分もしっかりと学んだのだ。
それを思えば、四度目である現在の彼女は年齢で考えれば立派な淑女の振るまいができるのである。
とはいえ、年齢とこの不憫な境遇こそが武器である以上、そのことを表に出すのは必要最低限だとニュクスは考えていた。
(それに、シグムンドと机を並べて学べるのであればとても楽しいに違いないわ!)
何も知らない者同士、ここから手を取り合っていけばいいのだ。
そうすればシグムンドが義務ではなく、ただの誠意だけでもなく、彼女に対して情を抱いてくれるかもしれない。
王女の夫として、彼女がこれから尽くしていくチャンスだって生まれるかもしれない。
(……出しゃばりすぎたらだめなのよね?)
一分でも、一秒でもいいから。
ニュクスはシグムンドの傍で、彼と共に過ごせる日々を楽しみたいのだ。
「ねえ、シグムンドもよろしいでしょう?」
パッと手を取ってみると、途端に赤くなったシグムンドを見てニュクスは「あら? はしたなかったかしら……」と小首を傾げ、老公爵は困ったように笑うしかなかったのだった。




