すんでのところで耐えてみせた
扉が開き入ってきた者の姿を見た人々は息を呑んだ。
辺境伯は諸侯にとってすでに周知の人物だ。
なんなら彼の家族についても、多くの貴族たちが知っている。
だから人々が注目したのは、その辺境伯の一歩後ろについて歩く少年だった。
若き英雄だから? それは間違いない。
齢十三にしては痩身の、見慣れない色合いの子供だったことが何より目を引いたのだ。
メランジュは各国の余り物の寄せ集め――そのように他国では笑いものにされがちであるが、それゆえに各部族にはそれぞれの出身国の忌避する色が存在する。
それはただ不吉な色と言われたり、蔑むべき色と言われるようなものだ。
そしてシグムンドは、それらを全て兼ね備えていたのである。
白とも言うべき銀の髪。
戦場の血の色を思わせる鮮やかな赤い瞳。
物語に出てくる悪鬼が如き褐色の肌。
なにより、出自がわからない奴隷の子。
女王が堪えきれない笑いを滲ませるその様を、ちらりとニュクスは横目で見てため息を漏らした。
今彼女が何かをしても、誰も注目することなどないとわかっていたからだ。
(愚かな人たち)
見た目に惑わされてシグムンドを軽んじた。
だが彼は誰よりも忠義であった。真摯であった。
少なくともニュクスの人生三回分、彼は一度も裏切ることはなかったのだから。
共に殉じてくれたのだから。
(今回は、必ず貴方を幸せにするわシグムンド)
今まで尽くしてもらった人生三回分、しっかり尽くし返さないと。
そんなことを思うニュクスはぱちりと視線があったシグムンドに微笑みを向けた。
王女は英雄を歓迎した、きっと周囲にはそのように見えたに違いない。
実際ニュクス個人としてもシグムンドのことを歓迎しているし、ダンテが思うように人々には象徴としての英雄が必要だ。
そしてシグムンドは武勇もさることながら、他の人々とは違う色彩を持つからこそ英雄として相応しいと彼女は考えていた。
(今の王家を立て直すには、最適だわ)
ロレアヌス王朝の色彩を色濃く持つニュクスと、人々に忌み嫌われる色を持つシグムンド。
人々の注目を集めるのにこれほど相応しい組み合わせがあるだろうか?
心の内は今か今かと女王の宣誓を待ち侘びるニュクスだが、表面上は静かに笑みを湛えるだけだ。
跪く辺境伯とシグムンドを見下ろして、女王は尊大に声をかける。
定型文でなんの心もこもっていない祝辞であったが、女王から直接言葉をもらえるのだからむしろ感謝しろとでも思っているのだろうとニュクスはそれを右から左に聞き流していた。
ニュクスの視線はただ、シグムンドにだけ向けられる。
不躾かとも思うが、目が離せない。
幸いなことに彼の色が珍しいからか、あるいは誰かにとっては不吉だからか、シグムンドは注目を浴びていたから疑問に思われることはなかったようだ。
「若き英雄よ。そなたには、この女王ベアトリスが特別な褒美を与えようではないか」
女王の芝居がかった仕草と言葉にいったい今度は何をしでかす気だと貴族たちが不安そうな顔をしているのをニュクスははっきりと見ていた。
その信頼のなさに思わず笑ってしまいそうだったが、気付かないふりを続ける。
「若き英雄には騎士爵を授けよう」
ダンテがほっと胸を撫で下ろすのをニュクスは見た。
おそらくそこまでが元から決められていた褒美だったのだろう。
貴族たちからどよめきが上がった。
奴隷上がりの平民の兵士が、いきなり騎士へと抜擢される――その事実に驚きが隠せない様子であった。
この国では兵士でも経験を積み、その兵の上官が推挙して初めて騎士への資格試験を受けることができる。
そういう流れがあるために、平民は到底手が届かないとされていることをニュクスはよくよく知っている。
騎士もまた、特権階級である貴族たちの受け皿の一つなのだ。
(だからこその破格の褒美、そうお父様は判断したのでしょうね)
常ならばそれで良かったのだろう。
その判断そのものは正しいとニュクスも思う。
だが、前提が間違っているのだ。
それを宣言する女王が、愚かであるということを無視してどうして無事に行えると思うのか!
「それでもそなた働きにはまだ足りぬ」
「陛下……!?」
予定外の言葉を発する女王に、ダンテも焦りが隠せない。
愛する妻だが、公的な場では主従である。
それゆえに厳しい言葉で止めることなどできない。
元より、この愚かな王配にもその力はないのだけれども。
「そなたを我が娘――第一王女ニュクス・アキレギア・ロレアヌスの婿として迎えよう! 新たなる夫婦の門出である! 皆盛大に祝いなさい!!」
女王が、本来ならば次期女王となるべき第一王女に奴隷上がりの平民をあてがった。
それは公の場で『第一王女を女王にするつもりはない』と宣言するも同然の行為であった。
だがこれまでの人生と異なり、カルミア公爵領での慰霊祭に女王の不義理を詫びてニュクスが行動を起こしたことは貴族たちにすでに知れ渡っている。
貴族たちの目にはこの女王ベアトリスの振る舞いは、さぞかし暴挙と映っていることだろう。
それだけでもおかしくて堪らないのに、ニュクスにとっておかしくて堪らなかったのは妹の存在だった。
「ええー! お姉様だけずるいわ!!」
女王の宣言、それに異を唱えることは許されない暴挙。
勿論、それに足る理由があるならば一考に値したことだろう。
だが『ずるい』は理由になるか?
勿論だがならない。
(ああ、ああ、最高よアンネローゼ・ネモフィラ!!)
なんと愚かな振る舞いか!
これにはさすがに愚かな女王ですらもギョッとしたではないか。
この愚かな第二王女のために女王が第一王女を引きずり下ろそうとしているというのに、親の心子知らずとはよく言ったものでアンネローゼは口を尖らせて母親を見ていた。
「わたしも夫がほしいわ! あんな珍しい色だなんて、お姉様にはもったいないでしょ!」
無邪気にそう大きな声で言い放ったアンネローゼ・ネモフィラに、ニュクスは大笑いしそうになってしまった。
すんでのところで耐えたけれども。
(本当に最高よ、ありがとうアンネローゼ!)
どこまでも愚かで、自分こそが誰からも大切にされて当然だと思う傲慢な妹に。
ニュクスはただただ浮かぶ笑みをかみ殺し、そっと袖で口元を隠して耐えるのだった。




