式典が始まる
ニュクスは記憶を取り戻してから、この日をずっと心待ちにしていた。
過去の人生ではシグムンドと結婚させられたことで母に怒りを覚えた時もあったし、王女としての寛容さを求められ呑み込んだこともあった。
どうして次期女王として目される自分にこのような仕打ちをするのだと嘆く日々であった。
だが今回は事情が違う。
記憶があり、彼から受けた愛情がどれほど尊かったのか、今のニュクスは知っている。
それがただの同情だったのか、あるいは夫婦となったゆえの誠意かはわからないが、少なくともシグムンドはニュクスを大事にしてくれた。
その気持ちにようやく礼を尽くせる日が来るのだ。
(ああ、愛しい人。私の夫)
ニュクスはマーサに支度を調えてもらいながら、ようやく再会できる相手を思い浮かべ、満面の笑みを浮かべたのだった。
今回の式典はなんと楽しみなことだろうか。
これまでの人生で式典というものはいずれも居心地が悪いばかりで退屈だった。
だが愛する未来の夫がいる場となれば話は別だ。
そしてカルミア公爵家からの多少の信頼を得ている今、ニュクスにとってこの式典で女王が愚かな振る舞いをしてくれればしてくれるほど復讐の道が輝くのだと笑いが止まらない。
「ふふっ」
「ご機嫌ですね、ニュクス様」
「そうよ、マール。今日はね、とおっても素敵な式典になるわ」
「そうですね、英雄が誕生したのでしょう?」
「ええ」
侵略者たちを圧倒的な武力で退けた、名もなき若者。
それは人々にとっていい象徴となることだろう。
だからこそ、王配であるダンテがわざわざ王城で褒美を与えるために辺境伯と共に招いたのだ。
王家はきちんと貴族たちの活躍を見ていると示すために。
貴族でなくとも、立派な働きをする者には褒美が与えられる。
求心力が失われている王家としては、本当に僅かでもいいから好印象を与えたいのだ。
それが、たとえ焼け石に水の行為であったとしても。
(本当に愚かなお父様。でも今回だけは感謝しなくてはね)
そのおかげでシグムンドは城に来て、騎士に叙任されるのだ。
これまでと同じならば、女王はニュクスとシグムンドをその場で婚姻させようとするはずだ。
「此度北の侵略者たちを退けるに当たり獅子奮迅の活躍を見せた若者がいる。その者の働きを称え、ここに招いた。諸侯には新たなる英雄の誕生に立ち会えるこの瞬間を祝ってもらいたい」
大広間で朗々と語るダンテの横で、女王ベアトリスは憎々しげな目をニュクスに向けていた。
華やかなクリーム色の生地に華やかな花の刺繍が施された、祝祭に相応しい装いだ。
艶やかな黒髪もマーサの手によって美しく結い上げられて大変可愛らしい。
女王と違い派手な装飾品がないからこそ際立つ品がそこにあった。
まるで賢君と名高い先代女王と彷彿とさせるではないか、と誰からともなく聞こえてくるその声がベアトリスの心を逆撫でる。
そして何より――女王を挟んで反対隣に座る、宝石とレースを遇った煌びやかなドレスを身に纏う第二王女アンネローゼ・ネモフィラと比較する貴族が多かったこともベアトリスの気に障ったのである。
「お母様~アンネローゼ、飽きたぁ」
式典という大事な場でありながら、そんなことを言う子供。
たとえ八才という幼さであろうと王家の人間である以上、しっかりと言い聞かせておかねばならないことは誰も思っていることだ。
それだけにダンテが慌てたように妻を見れば、ベアトリスはわかったと言わんばかりに頷いてくれて彼もホッとしたようだ。
(きっと今お父様は、女王として対処してくれると思っているんでしょうね。甘いわ)
「アンネローゼ、そんなことを言わないの。今から面白いことがあるから待ってらっしゃい」
「ええ~?」
「いい子にできたら後でたぁくさん、お菓子をあげますからね」
「ホント? やったぁ!」
(ほらね)
その様子を冷めた目で見ていたニュクスは女王たちのやりとりを気にも留めず、ただ扉の方へと視線を向けるだけだ。
お陰で、女王と第二王女に向ける貴族たちの冷たい視線も見えたし、妻と娘のやりとりを間近にして顔色を青くするダンテも見られたのでニュクスは満足である。
「王配殿下、第二王女のためにも式典をお進めください」
あくまでアンネローゼのためだという形でそう進言すれば、女王も憎々しげな目を向けながらニュクスに同意するようにダンテに頷いてみせる。
その様子にどこか不安げな様子を隠すこともしないダンテはため息をついて、侍従に声をかけたのだった。




