さあ、宴は始まった
メランジュ王国――それはかつて、捨てられた人々が寄せ集まった国と自らを卑下するような物言いで奮起したと歴史には書かれていた。
周辺諸国が戦に明け暮れた時代、山に囲まれた痩せた土地に逃れた人々が集い、そして神々が力を貸してくれた難を逃れた……という神話が残っている。
そう、あくまで神話である。
実際には各国の平民層が逃げて来て、それぞれが持つ知識を使って痩せた土地と思われていたこの国をよくしただけの話だ。
ただ土地に神性を描写することで『国としての成り立ち』に正当性を持たせるためだけの物語である。
そしてこのメランジュを治める王はそれぞれの出身国で固まった一族たちがまるで交代で治めるような形となっていた。
王朝が途絶えたり、反乱が起きたり、乗っ取られたり乗っ取ったり……と『メランジュ』という国を変えずにきたのである。
神に愛された国『メランジュ』を名乗ったところで、中身は人間の愚かさそのものだと王家に伝えられる正しい歴史を学んだニュクスは鼻で笑うばかりだ。
とはいえ、過去には優秀な祈祷師や巫女が存在したと記録にあり、天候を言い当てたり奇跡を起こしたことも記されている。
特に今の王朝であるロレアヌスの初代は優れた巫女であったことが描かれており、他の一族に対しての誇張表現があったとしても抜きん出た実力者であったことは間違いない。
(……だからこそ、代々ロレアヌス王朝は女王が治めることになった……)
そして女王には次代を儲けるためにも夫が必要なのだ。
王配となる夫を見定めるのは女王の役目である。
ダンテは緩衝材の役割を担うことを求められていたし、それをこなせる男であった。
それ以外にも現女王と同じ一族の血を濃く持つ家柄でもあった。
先代の女王は、現王朝の衰退を感じ取っていたがゆえに初代のような奇跡を起こせる巫女が生まれないかと期待したのだ。
勿論、あくまでオマケ程度の期待であったが。
王朝の衰退は女王として憂慮して然るべき問題であったし、貴族たち……つまり他派閥の血筋の一族が力を蓄えて別王朝が生まれることはこの国の歴史上よくあることだった。
とはいえ先代女王からしてみれば、愚かであっても可愛い娘に苦労をさせたくないという親心もあったのだ。
(……今となっては、賢君と呼ばれるおばあさまも結局愚かな人だったのかなと思わなくも無いけれど……)
ニュクスにとって愚かな母である女王が、唯一自分のために〝賢い〟選択をしてくれたことが一度だけある。
そう、夫を定めた――これである。
過去三度とも、同じ男がニュクスの相手に選ばれた。
辺境の英雄、シグムント。
それがニュクスの夫となる男の名前である。
そして三度の人生全てにおいて、決してニュクスを裏切らず共にあってくれた男の名前であった。
(ああ……ようやく会えるのね、私のシグムンド!)
ニュクスは心躍らせた。
今回も女王は必ず彼をニュクスの夫にと指名することだろう。
辺境で名をあげた若き戦士、現在の年齢は十三才とされているが実際は不明である。
銀髪に褐色がかった肌、そして色の薄い青い瞳を持つシグムントはその出自が大変あやふやな存在であった。
禁じられた奴隷売買が行われているところを摘発した辺境伯が保護した一人、それがシグムントであった。
明らかにメランジュ王国の人間とは肌の色も髪の色も、そして目の色までもが違うために引き取り手となる者もおらず、辺境伯家で下働きとして雇い入れた存在だった。
ところが、彼には天賦の才があった。
戯れに辺境伯家の兵士が剣を握らせたところ、まるで長年剣を振るっていたかのように自在に操り、周りを驚かせたのである。
これを見て辺境伯は兵士として正式にシグムンドを兵士にした。
そしてシグムンドは辺境伯の思った通り、むしろ期待以上に活躍したのである。
これがニュクスが十才の時……つまり今まさにその時期であった。
それを受けて褒賞を与える場が設けられ、本人と、シグムンドを見出した辺境伯が招かれるのだ。
(そして女王はシグムンドに褒美と称して私を与えるのよね)
本来ならば第一王女は次期女王として育てられている以上、その伴侶となる人間はそれなりの格が求められる。
女王の言いなりである現王配のダンテだって、ロレアヌスの一族に連なる名家の出身だ。
それはいずれ女王となる王女の夫なのだから当然だ。
そしてその王女との間に子を成し、次代へと導くのだから当然後ろ盾としての意味も含まれる。
では何故シグムンドなのか?
出自も怪しい、ただ剣が強いだけの少年。
辺境伯家が見出したとはいえ、後ろ盾と呼ぶにはあまりにも関係が希薄。
本来であれば、女王から褒賞として金銭と名誉を授けられて終わる程度の身分にも拘わらず、何故シグムンドが選ばれたのか。
それは偏に女王からの、娘への嫌がらせであった。
愛する第二王女のアンネローゼ・ネモフィラを次期女王に推すためにも、第一王女の後ろ盾などあっては困るのだ。
飾り物の王女と使い捨ての、それも出自が卑しい兵士という組み合わせで国民が喜ぶはずもないと、ただそれだけの。
けれど今回ばかりはそれがニュクスには待ち遠しい。
母に嫌われつつカルミア公爵家に対して印象づけるためにはあまりにも余裕がなく、窮状を耐え忍び戦ったシグムンドを思うと心が痛む。
ニュクスはこれから精一杯、愛する人に尽くしていこうと心に決めていた。
「マーサ。今日はうんと可愛くしてちょうだい」
「まあ! ニュクス様……はい、はい! マーサにお任せくださいませ!」
これまで女王の意向もあって、ニュクスは常に飾り気のない、濃い紫色のドレスを愛用していた。
目の色と揃いにせよ、国民のために第一王女自らが率先して清貧を心掛けよと言われたことに従っていた以前までのニュクスは、そんな己の愚かさを悔いる。
だけれどそれも前の人生までのこと。
(今回は、精一杯可愛く装ってシグムンドにご挨拶したいわ)
ようやく恋愛の気配が……気配が?




