決して交わることのない
「女王陛下、カルミア公、これは何事ですか!」
駆け込んできた壮年男性――王配のダンテは慌てて仲裁に入るかのように二人の間に入る。
それを見て、老公爵は呆れたようにあごひげを撫でた。
「……ふむ、王配殿下に置かれてはご息女たる第一王女の窮状にはお気づきにならないのかね?」
「……? ニュ、ニュクス?」
(ようやく気付いたわけ?)
「ど、どうしたのだ! そのように頬を腫らして……ああ、可哀想に……!」
足下で崩れ落ちている娘が目に入らないとは、なんとも情けないことだとニュクスは心の中でだけ悪態をついた。
そもそもダンテは優秀には優秀なのだが、どうにも妻を優先するきらいがあった。
元より王配候補として女王に一目惚れをし、選ばれるために政治を学んだ人物だったのだ。
その熱意があれば女王をよく支えることだろうと王配になったのは良いが、女王に尽くしすぎるために周囲を疎かにした愚か者だとニュクスは思う。
「お父様……」
しかしながら今はまだ味方となってもらわなければならない。
この愚かな父親も、女王に比べれば賢いのだから。
「申し訳、ございません、お父様……」
ニュクスはようやくハラハラと涙を流す。
いつもならば涙は妹の専売特許とも言えたが、それを三度の人生でたっぷりと見て学んできたニュクスにだってできる。
何よりまだ十才という年齢もまた、ニュクスに味方してくれた。
カルミア公爵家との縁を女王の失態で危うくしたところを、王女が繋いだという事実。
たとえそれが母親の目線では可愛くない娘がしゃしゃり出たせいで予想外のことになったから腹立たしいのだとしても。
何せここにはカルミア公爵家の老公爵本人がいるのだ。
この老公爵がいる限り、女王が第二王女可愛さに役割を放棄したことは明白であった。
しかも先程、第二王女が命に関わるような重篤な病気ではなかったことまで明らかとなったのだから誰の目にも哀れなのは、王族としての役割を果たしたにも拘わらず扇で叩かれた少女なのだ。
「本日、カルミア公爵領での慰霊祭に、お母様が参加できないと知って……む、娘として、何かできないかと、わ、私が……」
「な、何?」
「ア、アンネローゼが熱を出したって聞いて……お母様は悪くないのです! 妹の具合が悪いなら、わ、私が……私が、姉なのだから、しっかりお母様をお支えせよといつもお父様に言われていたからって、勝手に……」
ボロボロと涙を流すニュクスの様子はあまりにも哀れだ。
呆然とする王配ダンテは困惑する様子だが、ニュクスの言葉を聞いて顔色を変えた。
だが、事態はもう大勢の眼前で繰り広げられ、隠しようもなかった。
まるでさながら、悲劇のようだ。あるいは、喜劇のようでもあった。
地べたに座り込み、殴られてなお母親を庇う娘。
呆然としつつもこの場を乗り越えることを考える父親。
そして恐ろしい形相で十才の子供を睨んでいる母親。
(ああ、なんて愉快なのかしら)
この状況を周囲がどのように見ているか、容易に想像できてニュクスは心の中で嗤った。
過去三度の人生の中で、彼女は学んでいた。
愛される妹の振る舞いを、最も近くで見てきたのだから当然だった。
小賢しい妹だと今は思うが、二度目の人生の頃は〝なんて涙脆くか弱い妹なのだろう〟とニュクスも思っていた。
だから両親が言うとおり、姉である自分が守ってあげなければ、と。
(今になったら涙があの子の武器だったんだわ)
三度目の人生で妹の性格を知ったニュクスからしてみれば、悔しいことこの上ないのだけれども。
なんと自分は間抜けだったのだろうと今では悔しくて堪らないが、それでも涙を自在に操ることはできなくとも今は痛みという助けもあって哀れな子供を演じるのになんら支障はなかった。
実際、ニュクスはそれまでグッと痛みから出る涙を堪えていたのだ。
口を開き自分が惨めだと実感すればするほど過去の惨めさも手伝って、幼さのせいか感情も制御できずに次から次に涙は溢れた。
だが、心は酷く冷えていた。
(心配しているように見えて、これが女王のせいだと知ればどうせこの男はどちらが正しいかではなく妻を選ぶに決まっている)
だから、先んじて女王がやったとニュクスは言った。
どうせ庇われないのだから、哀れな娘が両親に守られない姿を世間に知らしめるために。
王城にいる者でも王族の関係を知る者など一部だけだ。
特にまだ子供でしかない王女たちについて知られている事など少ない。
(以前は、優しい父だと心から慕ったこともあったわね)
母である女王は忙しい、王女として誰よりも立派になって欲しいと願えばこそ厳しく接するのだ、妹は病弱なのだから理解してくれると嬉しい――そんな言葉の数々を、どうして素直に信じられたのだろう。
いいや、もしかすればこの男は心の底からそれを信じていたからこそ容易に口に出して、かつニュクスに負担を強いていたのかもしれない。
「女王陛下、本当にニュクスが今言ったとおりなのですか?」
「え、ええ、この子が愚かな振る舞いをしたから少しきつめの躾を……」
「そこではありません! 慰霊祭に参加しなかったという点です!」
ハッとしたように女王が扇子を握り直す。
ここに来て王配が責めるような視線を向けて、初めて女王は少しだけこの状況が良くないと察したようだった。
(遅いわ、本当に)




