第74話 稲と麦
「一時期は、聖なるドラゴンを見つけ、そのドラゴンの背に植えてある稲を刈って、米を入手するという妄想にまで駆られたのですが……」
「あはははは。ナイジェル様、それ、少年漫画みたいですねえ」
確か昔のグルメ漫画で、そんなのがあったような気がする……。
「いやはや。転移して米が食えるとは……」
「しかもしあわせな夢でも妄想でもなく、現実で……」
そう、現実。
勢いで食べまくったわたしたちは今!
極東国の人たちにベッドに運ばれて、横になっているのです……。
ウナギと梅干しの食べ合わせが悪いとかいう説もあるけど、そうじゃない。実際には悪い組み合わせじゃないらしいし。寧ろさっぱりした梅干しが、食欲を増進して食べ過ぎることを戒めて食べ合わせが悪いと言っているって説もあり……。
そう、食べ過ぎ。
起き上がれないほど、お腹が重いのは、食べ過ぎ。
でもしあわせええええええええ……ううううう、腹が重い!
淑女らしからぬと怒らないでね!
目の前の炊き立てのご飯に食欲を止めることなどできなかったのですもの……。
しばし休憩をして、ようやくお腹が落ち着いてくると……、ちょっと考えるのよね。
ああ……、お父様、お母様、お兄様たち……、家族みんなとウチの使用人たちにもこの白米様の炊き立てご飯を食べさせてあげたい……って。
だから極東国の皆さんに頼んでみた。
お米を少し分けてください。出来れば稲も。ラインシュ王国に持ち帰り、稲を田んぼに植えて育てたいんです。
「んー。お土産として米を持たせるのはいいんだけど……」
「稲をなあ、極東国以外で育ててもうまく育たないんだよなー」
なんですって⁉
「土壌が違うのか、水が違うのか。それとも……極東国には元日本人の執念とか怨念が漂っているのか……。ここではうまく育てられるんだけど、外だと無理で」
「しゅ、執念……」
「怨念……ですか……」
ありそう。
だって炊き立てご飯、食べたいって思うもの!
わたしは運よく侯爵家に生まれた。魔法だって……わたしの魔法は大したことはないけど、お兄様やナイジェル様はすごい使い手。
だから、米を求めることができた。
だけど、異世界に転生して、平民とか、奴隷とか、そんな辛い立場になって、転生前の記憶を取り戻して……成功できる人が、どれくらいいるの?
大半は、日本を偲びながら、無念にも倒れる……んじゃないかなあ。
異世界に転生して、苦しい思いをしていた人たちが、全員じゃないけど、日本食を食べたいとか、日本に帰りたいとか、思った集積で極東国が出来たのなら……。
極東国の外では、お米様は育たないかもしれない。
だけど。
身分、金銭的事情、病弱エトセトラ。
極東国まで来られない人もいるだろう。
だったら、わたしは……、ラインシュ王国だけではなく、外の世界でも。
お米を、流通させるようにしてみたい。
ううん、本物の白米様は、極東国だけの限定品なのかもしれないけれど。
似たような食感、似たような味。そう代用品でも、米の代わりになれば……。
「たとえば麦と稲を交配して、米に似た食感の麦とかできませんか?」
極東国の人たちの答えは「分からない」「やったことないなあ」だった。
「ちょっと待ってね。おーい、小さい昭和じーさん、いるー?」
お茶碗にご飯をよそってくれたお姉さんが、誰かを呼んだ。
小さい昭和じーさん?
呼ばれてトコトコやってきたのは、中学生くらいの青い髪の男の子。
……なぜ、昭和じいさん……。
「……あのなあ、その呼び名、いい加減になんとかせんかい!」
「まあまあ。じいさんの農家としての知恵を拝借! 麦と稲の交配ってできるの?」
「はあ? できるわけねぇべ」
「んんー、昭和時代の米農家に生まれて死んだじいさんができないっていうのならできないの可能性大」
中学生くらいの青い髪の男の子が昭和時代の農家の人⁉ できないというよりも、年代にちょっとびっくり。
転生の年代ってアットランダムなのかしらね。
わたしよりずいぶん後に死んだであろう省吾君は、わたしより年上のナイジェル様に転生しているし。
うーん。
別のことを考えていたら。
さっきお箸を渡してくれたお兄さんが。
「あ、できないこともないよ! オレは大学で研究していたんだけどさ。顕微鏡受精で小麦と稲の生殖的隔離を打開って、記事、なんだったっけかな? トーキョー大学のなんとかって教授が、ええとーなんだったっけかな? 小麦とか稲の花から単離した卵細胞と精細胞を組み合わせて、交雑受精卵を作成してどーのこーのって」
「転生後のこの世界で顕微鏡受精とか無理だろー」
「それいつの時代の話? お前何生まれ?」
「あ、オレ、令和~」
「昭和の時代の農業技術と令和じゃすんごい違いはあるだろうけど」
「こっちの異世界で顕微鏡受精って無理じゃね?」
それは無理でも……、魔法があれば?
「無理かもしれないけれど、やってみたいです!」
極東国ではおいしいお米が食べられるから、わざわざ麦と米の配合品なんて作る必要はないだろうけど。
ラインシュ王国で、米が食べてくて、麦で代用している現状では。
米が外の世界で作れないのであれば、配合種!
がんばって作りたい。
「んんんんんー。まあ、ダメもとでやってみればいいさ」
「うんうん、駄目ならまた極東国に来て。米の飯、食えばいいよ」
「ありがとう皆さん!」
そうして、わたしとナイジェル様は、白米二キロと稲を少々いただいて、ラインシュ領に帰ることになったのだ……。
次回最終回です。




