第62話 久しぶりに戻ってきました、ラインシュ領!
久しぶりに戻ってきました、ラインシュ領!
やはり実家は良き……なんて、ぼんやりしてしまうんですけど。
いや、ぼんやりは……、ええと、ナイジェル様の唇の感触と、通信機能付き婚約指輪のことを考えてですね……。
ううむ。
さすがの食欲魔人、お茶漬け魔人もですね。いつまで経っても情緒が幼稚園生ではまずいのではないかと反省している次第でございます……。
というのも、ナイジェル様と婚約したいんですけどーって、わたしがお父様とお母様に申し出たら。
超! 喜んではいただいたのですが……。
それはいいんですけど……。
婚約に至るまでのこれまでの出来事を、家族全員勢ぞろいしたサロンで、のんびりお茶などをいただきながら……、根掘り葉掘り言わされまして。
ええと……カイエン男爵領にてのアレコレや、東のあたりまで新制ラインシュ王国に取り込みたいだの、カイエン男爵家の有用性……アンズー、出汁、きしめん等々……のプレゼンテーションもして、ついでに東の諸国を回って、極東国まで行きたいがために、新婚旅行というダミーを思いついたら、ナイジェル様にマジで結婚したらアレやソレをするから農作物を探している体力はないんじゃないかなどと言われたとか、結婚するならドレスはお母様たちが気合いで作りたいんじゃないかとか、エリンに説教を喰らいましたとか……ぜーんぶ、包み隠さず伝えたら。
お父様は「……なるほど、カイエン男爵だな。至急取り込もう」と席を立ち。
お母様は「……トリクシー、令嬢としての慎みや常識はどこに行ったの?」と説教をされ。
ロズヴィータ義姉様からは「……あの王太子殿下と長年付き合わざるを得なかった弊害かもしれませんね。女性としての情緒を学びましょう」とテーブルの上に恋愛小説を山と積まれ、読むように言われ。
ギュンターお兄様からは「……うーん、とりあえず、オレができるのはナイジェルを手伝って通信機能付き指輪を完成させることかなー。あ、でも、婚約指輪だからって、ナイジェルが一人で作りたいっていうのなら、手は出さないけどー」っとナイジェル様のご希望確認に行かれてしまい。
フォルカーお兄様には「キーシメンとやらを食してみたいのだが」と言われ。
ラフェドからは「トリクシーおばさまがんばって!」と天使のような笑みを向けられました。
あ、あああ……。
情緒。
とりあえず、情緒……。
いや、さすがに、わたしもねえ……、東に米を探しに行きたいから、結婚して新婚旅行……なんてナイジェル様に言ったのは悪かったって思っているの!
だから、情緒……学ばねば……。
とりあえずロズヴィータ義姉様に渡された課題図書を……、課題図書を……、各種恋愛小説を……読み進め……。
ああ、溢れる純愛の世界。
目と目が合い、手と手が触れ合っただけで、胸がきゅんとする……。
う、ううう……。
たとえるのなら、きらっきらの少女漫画の世界……、マンガの画面に星が飛び、ハートマークがあふれ、ヒロインの大きな瞳が盛大に輝く……。
き、嫌いではない。
嫌いではない。
だけど、王太子妃教育で受けた国土地理、税制なんかのほうがまだ理解できるって……。
あ、あああ……。思えば鳥居クミの時代から、情緒とは無縁だったような気がする。
初恋だのおしゃれだのなんだのよりも、お腹空いた、お茶漬け寄越せだったからなあ……。
わたし、ご令嬢としてアウトじゃない?
二死満塁の危機?
いや、満塁ではないわね。単にツーアウト。
そもそも、こういう場面で野球用語でたとえを考える時点で駄目じゃないかしら?
あ、あああああ……。
頭を抱えて、テーブルに突っ伏したら……。
突っ伏したら……。
どこからともなくお出汁のいい香りが……。
思わず、がばっと顔を上げたら。
「やあ、トリクシー嬢」
「ナイジェル様……」
「エリンから聞いたんだ。トリクシー嬢がすごく疲れているって……」
「エリンが……?」
「さすがに叱りすぎたかなって、侍女なのに出過ぎたって落ち込んでいたよ」
「エリンが⁉」
あ、ああ……、ごめんねエリン。わたしが侯爵家の令嬢としてはアウトなだけなのに……。
「あ、謝りに行くわ! エリンは悪くない!」
「そうですね、でもその前に……」
ナイジェル様が使用人に指示をして、そして使用人たちによってテーブルに並べられたのは……。
「こ、これは……!」




