第51話 怒りのエリン
きょとんとしたままのわたし。
笑い続けるナイジェル様。
そして、エリンは深く、深ーくため息をついた。
「……王城の薔薇園で、トリクシーお嬢様が」
「んんん? エリン?」
突然どうしたの?
「突然オーチャヅケと言い出し、それから何やら呪文のようにぶつぶつと唱えだし」
「ああ、そんなこともあったわね」
阿呆王太子に待たされて、お腹が空いて、お茶漬けが食べたくなって、鳥居クミだったころを思い出したのよ。
「それまでのトリクシーお嬢様は……王太子殿下に何を言われても『申し訳ございません』と謝るばかりで。待たされても待たされても何時間でも王太子殿下を待ち続けて……。じっと、耐えるだけで……」
そうよねえ。わたし、大人しかったものねえ、記憶を取り戻す前は。
「お元気になられたのはとてもよろしいと……。婚約破棄もいっそ喝采を上げられるほどだと……」
うん、喝采。まさにその通り。盛大に喜んでますよわたし。
「侍女の立場では、何かを申し上げるのも僭越ですが、オーチャヅケにまい進されるトリクシーお嬢様はそれはそれは楽しそうで、このエリンも心よりのお喜びを申し上げたいところですが……」
うん、喜んで? いいよ? どうしたのかな、エリンは?
「……長年王太子殿下に虐げられていた影響か、トリクシーお嬢様は殿方から好まれる外見の優美さ、地位の高さ、教養エトセトラ。どこに出しても恥ずかしくない立派なお嬢様だというのに……ご自分の価値を低く思われて……」
えーと?
翻訳すれば。男性からモテモテなのに、それを信じられないっていうこと?
「エリン、それは、侍女の欲目では? わたしなんてお父様のおかげで地位があって、資金があるだけで、それ以外は平凡よ?」
モテ要素なんて皆無よ?
「「平凡?」」
あら、エリンとナイジェル様の声がハモったわ。
「いきなりムーギチャやアレやソレを開発し、簡易トイレ事業まで拡大しているお嬢様のどこが平凡なのでしょうか?」
「あー、いや、トイレはお父様とお兄様が……」
「日本人転生者は平凡なのでしょうか……?」
「ほ、ほら、わたしとナイジェル様とカイエン男爵のおじい様と……いるんだから、まだまだいるかもー」
えへへへへ……って誤魔化すみたいに言ったら。
エリンに睨まれた。
「お嬢様はっ! 地位もご身分も美貌も家族愛もお持ちでっ! その上、ユニークな思考と抜群の行動力と実行力をお持ちなのですよ? 私が男であったら即座に求婚します!」
「えー……? エリンてばー。照れるじゃないのよー」
「テレなどどうでもよろしい! ナイジェル様だけではなく、数多の殿方から求婚されてもおかしくないというのに、トリクシーお嬢様はご自身を低く思いすぎです!」
あれ、ナイジェル様もうんうんと頷いている。あっれー?
うききー? と、子ザルみたいに首を傾げれば。
更にエリンの眼光は鋭くなった。
「お嬢様の自己評価が低いというのを横に置いておきましても! 殿方から求婚され、その返事がイエスでもノーでもなく! 視力が悪いだの女の趣味が悪いだの特殊性癖だの! そんな返答がありますか! 真剣に求婚してくださったナイジェル様に謝りなさい!」
めっちゃ怒鳴られた。
あ……、そうよね。ごめんなさい。
こんなわたしに求婚してくれたんだから、わたしも真剣に考えてお返事しないといけないわよね。それが、人として、真っ当な誠意だ。自分を卑下して、オカシナ返答をしてはいけない。




