第50話 四番目の理由
「以前に『トリクシー嬢の手伝いをしたい理由は四つある』と言ったのを覚えていらっしゃいますか?」
「ええと……、はい」
そう言えばあの時は……三つまで聞いて、それで……。あー、うっかり忘れたんだっけ。
「私は平民で、トリクシー嬢は侯爵家のご令嬢。身分差のある世界で、共にありたいなどというわけにはいかず……」
「えっと、でも、もう身分なんて、どうでもいいでしょう?」
だって、ブラウンシュヴァイク=リューネブルク王国での身分を、そのまま新ラインシュ王国(仮称)でそのまま移行するわけじゃないし。
カイエン男爵だって、今後の発展を見越して、伯爵位にはなっておいてほしいし。
魔法使いの皆さんだって、みんなまとめて魔法伯でいいじゃん! って。
ナイジェル様が嬉しそうに笑う。
「ええ。カイエン男爵の前では言えませんでしたが。魔法伯などの身分がいただけるのなら私は嬉しいですね。それなりの爵位があれば、侯爵令嬢に求婚もできるでしょう」
「キュっ⁉」
「求婚です」
「キューっ⁉」
急展開にすぎる! えええええええっと! 嬉しいけど、嫌じゃないけど、えっとえっとえっと……。魂と魂で……いや、食欲で、わたしとナイジェル様は結び付いているっては思っていたけど! 求婚――――――⁉ 求婚したいから側に居るってこと⁉ ふおおおおおお⁉
「ナイジェル様、そ、そそそそれは……!」
「あ、いきなりですし、今はまだ私は平民ですし。先行予約みたいなものですが」
「せんこーよやく……」
「トリクシー嬢の側に居て。いつか許されるのならば、求婚をさせていただきたい」
「そ、そそそそれが四番目の理由……」
「はい」
ナイジェル様が頷かれて、後ろで一つにまとめている艶やかな黒髪が揺れる。
その上うっすらと頬を染めて。
まさか四番目の理由が恋愛関係だなんて、夢にも思わなかったよ!
というか、食欲全開のわたしなのに。よくもまあ、求婚なんて思えましたわね……。
そりゃあねえ、わたしはねえ、一応、侯爵家の娘ですから、エリン達侍女やメイドの皆様に磨かれて、それなりにきれいですよ? 性格が外見に反映して、美人ランク少し落ちますけど。
それでも外見的にはわたしもですね、白皙の美青年であるナイジェル様に釣り合わないことはないですよ? 一応。
でも中身は、お茶漬け欲全開の元日本人よ?
こんな食欲魔人な小娘に惚れる要素はないと思うんだけど。
それにねえ、ナイジェル様は。身分は今は平民だけど、以前は魔法省にお勤めのエリートさんで。 艶やかな黒髪を後ろで一つにまとめた髪にした好青年。性格もいいし、空気も読むし、モテ要素しかないと思うんだけど……。
そんな素敵な殿方が、こんなわたしのどこに惚れたの⁉
あ、そうか。夢だ、夢。妄想だ。
「エリン……」
「トリクシーお嬢様?」
「ちょっとわたしのほっぺたを、ぎゅーって摘まんでくれないかな?」
「は、い?」
「両手で思いっきりお願い」
エリンは「し、失礼します」とどもりながらも、両手でわたしのほっぺたを摘まんでぎゅ―――――っと、引っ張ってくれた。
「痛い」
「当然です。どうなされたのですか、お嬢様?」
「いや……。美形のナイジェル様に求婚されたなんて、妄想かと思って。夢見ているのかなあって、今、ここ、現実? ちゃんと現実に戻れた?」
「トリクシーお嬢様……」
「いやだって、わたし、殿方から惚れられるような女じゃないよ? あっちが悪いとはいえ王太子殿下と婚約破棄した女なんて事故物件もいいトコロでしょう? その上、素敵なナイジェル様から求婚されるなんて妄想抱いて。イタイ女だわねえ」
エリンが頭を抱えて。
ナイジェル様は「妄想ではなく、現実なのですがねぇ」と苦笑された。
「現実……。え⁉ マジで、ナイジェル様、わたしに求婚⁉」
「はい」
「……ええと、ナイジェル様、視力悪いですか? それとも女の趣味が悪いんですか? 特殊性癖?」
真面目に聞いたのに、エリンが床にしゃがみ込んで、ナイジェル様がお腹を抱えて大笑いしている。
えーと?




