第5話 ラインシュ侯爵領に向かいます!
さて……。
ようやく準備が整い、王都のタウンハウスから我がラインシュ侯爵領に向かいますよ!
お父様とお母様は「婚約破棄に向けての話し合いは任せておけ! ただトリクシー、貴族学院の卒業式だけには出席せねばならぬだろうから、その時までには王都に戻るように」と、快くわたしを送り出してくれた。
了解です、お父様、お母様!
「ありがとうございますお父様、お母様!」
マジ感謝! というのを令嬢っぽく伝えてから、エレンと共に馬車に乗る。使用人と護衛を大勢引き連れて、いざ王都脱出! 向かうは我がラインシュ侯爵領! 我が行くはお茶漬けの大海! なんつって、へへへ。ちょっと浮かれ気味。
でも、その浮かれ気味も……、数日間のことだった。
いやね、王都は仕方がないわよ。石畳の道路にレンガ造りの建物。王都内に農地があるなんて思っちゃいない。
でも……、王都から出れば、そこは広大な農地が広がっていると思っていたの。
あー……、広がってはいたわ。広がっては。
一面の小麦畑。
一面の小麦畑。
一面の小麦畑。
一面の小麦畑。
一面の小麦畑。
一面の小麦畑。
一面の小麦畑。
どこまでも青く高い秋の空。
一面の小麦畑。
こんな感じよ。
「く……っ! どこまで行っても見渡す限りの麦畑……っ!」
「それはそうですよ、お嬢様。我が国の主食は小麦から作るパンや麺です」
「野菜はないの野菜は⁉ 麦以外の穀物は⁉」
「……王都からラインシュ侯爵領までの大きな道には麦畑しかございません」
「マジか……っ!」
道中、トッピング研究をって思っていたのに! 何かお茶漬けの具材になりそうなものがあったらラインシュ侯爵領に届けてちょうだい、お支払いは惜しみませんわ! おほほほほ~って、言おうと思ったのに!
麦畑しかないとはオーマイがっ!
一面の金色の野は、見る分には美しいけどねぇええええええ。
ああ、秋の風になびく実りある稲穂。
これが小麦でなくて米だったらいいのにっ!
「きいいいいいい……っ!」って、ハンカチを噛むしかないわよこれじゃあ!
米、米、米を我が手にいいいいいいい!
エレンは、わたしの様子を見ないようにしているのか、馬車の小窓から外をじっと見ている。そして、言った。
「ああ……、あのあたりは小麦ではなく大麦のようですね……」
「へ⁉ 大麦⁉」
エレンが指さした。
「ええ。ほら、あの……、大麦の穂は針のように長くてまっすぐなヒゲがたくさんついていますよね。力強くピンと天を向いて伸びて……」
うん、確かに。細くて長い穂がピンピン伸びている。
「で……、あっちの方の穂は、針のような毛が短いですよね。短いものが小麦です」
「へー……。エリン、よく知っているのねえ……」
ウチの国の麦って言ったら、全部小麦かと思っていたわ。大麦もあるのね。
「ええ、まあ……。私の実家の男爵領は水の品質があまりよくないもので、大麦を作ってビールに加工して、それを飲むことが多くて」
「あー……なるほど。ラインシュ侯爵領の水は多少マシだけど。エリンのところは川の下流だものねえ」
世界的に見れば、日本の川は、流れが急ですぐに海に到達する。でもヨーロッパの川って水が停滞して淀みがち……って、転生前の世界史か何かの授業で習って記憶がある。我が国もそんな感じの国土よね。きれいな水は……あんまりない。
高い山のある地域は雪解け水があるからきれいだけど……中流や下流に行くにつれてめっちゃ汚れるのよ川の水が。
現代みたいな浄水設備がないから、洗濯掃除生活排水並びに汚物。ぜーんぶ川に流しちゃうんだものこの世界! うげー。ラインシュ侯爵領が山側でよかった! 水、大事。マジ大事!
だからこのブラウンシュヴァイク=リューネブルク王国では水は沸かしてから飲むか、加工する。
加工……つまり、ビールだ。昔のヨーロッパとかもそうだけど、子どもだってビールを飲むらしい。エリンのご実家もそんな地域なのね。
大麦を発芽させて乾燥・焙燥したもので、ビールやウイスキーの原料にするんだからエリンはご実家の領地で大麦をよく目にしていたのだろう……って、ちょっと待って、大麦って言うことはっ!
「麦飯っ!」
「はい?」
そうよ、何で思い至らなかったんだろう! ここには大麦があるんじゃないの!
「麦と言えば麦飯よ!」
「ええと、トリクシーお嬢様?」
麦飯は、通常白米と大麦を混ぜて炊いたご飯のことだけど、推定白米のない世界では麦に希望が持てるんじゃないのかな?
いや、小麦が主食のこの国だから、最悪パスタの麺をゆでて、米粒サイズにハサミで切って捻って、見た目だけお米に近づけるとか。
カリフラワー的な野菜を見つけて、ダイエッターの友、カリフラワーライスを作るとか。
なーんていうのも検討するかって考えていたんだけど。
大麦様!
君がいた!
もともと日本でも白米にもち麦とか押し麦とか、白米にそっと寄り添って、白米と共に茶碗の中に鎮座している存在がっ!
「ああ、ありがとう、エリン! 最大の難関だと思われていた白米代替品探しにいきなり光明が見えたわっ!」
「そそそそそうでございますか???」
「ええ! エリンがわたしの侍女でよかったわ! 本当にありがとう‼」
思わずエリンの手を取り、その手をぶんぶんと振り回してしまったわ!
いやね、わたしも分かっている。ビールを作るための大麦を、そのまま炊いたところで美味しくはないということが。
でも、加工すれば……。
更に更に、大麦によって、お茶の問題も解消なのよ!
「日本の夏には麦茶があるのよ! 冷やし茶漬けには麦茶が似合う!」
馬車の中でなければ立ち上がって、握った拳を空に突き出したいところよ!
正直に言えば、麦茶もいいけど、熱々の日本茶……緑茶やほうじ茶で、炊き立ての白米のお茶漬けが食べたいという欲望はあるけど。
お茶漬けモドキ製作第一弾として……、麦飯、麦茶、塩鮭もしくは白身魚は……なかなかいいんじゃない?
「よーし、エリン! ラインシュ侯爵領に着いたらまず大麦の研究をしましょう! 頼りにしているわ!」
ふーふっふっふ。
麦飯、麦飯、麦飯様。
そのままだと硬いだろうから、ローラーか何かで押し麦にして、そしてがっつり吸水させて炊くのよ!
きっとそれなりに米っぽくなるに違いないっ!
ああ、恋焦がれたお茶漬け様まですぐにたどり着けそう!
……なんて、思ったけど。実は道のりはここからが長かったんだけどね……。あ、あああああ。お茶漬け食べたい……。




