第6話 エリンに怒られました……
エリンに気持ち悪がられながらも、わたしは「うふふ……うふふ……」と笑うのをこらえることができなかった。
だって、予想外にあっという間にお茶漬けを食す見通しが立ったのだもの!
……まあ、実際に食すまでは、まだまだ先になるんだろうけど。
でも、最大の難関だと思った白米の代用品が、まさかこんなに早く見つかるとは思ってもみなかったからね!
わたしが浮かれるのも仕方がないというものよ!
だってねえ。貴族学院を卒業して、王太子殿下との婚約を無くして、それから東南方向の他国で水田を探して、それから白米が見つかる……っていう想定だったのよ? 白米様にたどり着くまで何年もかかるんじゃーって、思っていたのだもの。
それが、王都を出たばかりのこんな早くに麦飯様のアイデアに出会うとは!
揺れる馬車の中、研究ノートを取り出して、開いたページにでかでかと「大麦! エリン愛しているわ!」と思わず書いたほどよ!
……愛していると書いたことをテレられるのではなく。揺れる馬車の中でインク壺と羽ペンを取り出し、座っていた場所にノートを広げて書いたから、エリンからは叱られましたけどね!
「侯爵令嬢ともあろうお嬢様がなんてみっともない格好で! しかもインクをドレスにこぼしてっ! 書き物をするのであれば、今夜の宿にたどり着くまでお待ちくださいませっ!」
「ご、ごめん、エリン……」
素直に謝りました。
インクの汚れは落ちないだろうなあ……。
でも、素晴らしき大麦アイデアを、即! ノートに記したかったのだもの……!
怒られつつも、旅は進み、あっという間……ではないのだけど、王都からラインシュ侯爵領に到着。
懐かしのラインシュ侯爵領……って思えるのが不思議だなあ……。
トラックに轢かれて異世界転生。
王城の薔薇園で、お茶漬け食べたい熱で、転生前、日本人で会ったことを思い出して……。
ふつう、転生前の記憶を思い出しました……なんて、現在の自分と転生前の自分との不一致のうめるためとかなんとかかんとかで、時間が掛かったり頭痛がしたり……するなずなんだけど。だって、ラノベなんかではよくあるよね? 法等からそういう展開。
でも……、わたしにはなかったなあ。そのことはあんまり重要視していなかった……というか。
お茶漬け食べたあああああ愛という情熱が強くて。
転生なんてぶっちゃけ二の次三の次。どうでもいいとまではいわないけど……、あ、あんまり深く考えもしなかったわ……。
いや、日本でのお父さん、お母さん、先だっちゃってごめんとか。
わたしが助けた男の子がトラウマになっていなければいいなあとか。
ちょびっと思ったりも、したりは、しているんだけど……。ちびっとはね!
日本のことを思いだすイコールお茶漬けを思いだす。以上終了で……。転生前の記憶を取り戻ず以前の、元々のトリクシー・フォン・ラインシュ侯爵令嬢の人格と、転生前のわたし……、ええと、鳥居クミの意識と……、何か差異とかあったっけ? もともと似たような人格? とっくに融合してたとか?
あ、そうそう。わたし、鳥居クミって名前だったのよ。今さらのように言っているけど。えへへ。
考えなければならないはずのことを、ぜーんぶ放置して、ひたすらお茶漬けお茶漬けお茶漬け食べたああああああああい!
……空腹時の食欲って、恐ろしいわ。わたしが食欲魔人なだけ?
確かに、転生前も食にはうるさかったわよわたし。
でもそれには理由があって……。
アレルギーっ子だったの。
それも、卵と大豆の。
卵アレルギーはよくあるよね。小麦アレルギーも。
でも大豆って……、アレルギー物質ではあるし、小児科のアレルギー検査項目にも入っているんだけど。
大豆アレルギーだとねえ……。調味料がかなり厳しいんだな、これが。
醤油が駄目。味噌も駄目。味付けは塩と出汁のみ。
砂糖はねえ……、おかーさんが子どもにあんまり砂糖は良くないって思っていたというか、アレルギー体質を治すには砂糖を断ちましょうみたいな本を読んで感銘を受けちゃって。お子様が大好きなはずのお砂糖は一切使わなかった!
牛乳まで駄目になったらどうしようって、おかーさんがかなりビビりまくって、牛乳も少量ずつしか飲まなかったよねえ。
大豆アレルギー持ちでも醤油や味噌は大丈夫な子もいるらしい。
発酵食品はアレルギーの原因となるたんぱく質が分解されているとかで。
でもわたしは駄目だったのよ。
醤油を使うと、口の周りに発疹が出来ちゃって……。
アナフィラキシーショックとか起こすほどの重度のアレルギーではないとはいえ、おかーさん的には気になるよねえ。
だから、幼少期のわたしはほぼ塩味で育った。
ああ、塩鮭サイコー! 白米サイコー! となったのは、そんなアレルギー持ちが理由だったりする。
だって、大豆製品全滅ってことは、醤油も味噌もだけど、お豆腐も駄目なんだよ! おからも納豆もそうだけど。枝豆も駄目、モヤシも駄目。盲点がお菓子ね。乳化剤で使われているレシチンって大豆由来! アウトーっ!
海苔もアウトっ!
焼き海苔はいいけど、味海苔は不可! 醤油が塗ってあるからね。
いやあ、幼少期のわたしに食べさせるもの、おかーさんは苦労したよねえ。
そうそう、小麦からできる醤油ってのがスーパーで売っているのを見た時は、おかーさんは感涙に咽んだそうよ!
まあ、そんなアレルギーっ子も、小学校の低学年くらいで、卵アレルギーも大豆アレルギーも大丈夫になった。
卵と大豆のアレルギーは成長過程で治りやすいんだって。体に耐性ができるのかな……?
で、お医者さんのお墨付きもいただいて、学校給食普通食解禁。おかーさんの作る料理にもいろんな味が増えた。
以来、食欲魔人街道まっしぐら!
市販のお茶漬けのもとにも感動したし、贈答品的高級お茶漬けをお歳暮かお中元でいただいて、梅の形っぽい最中の中に具材が入っているヤツとか、ウナギ茶漬けとか、思わずほっぺたが落ち着かと思ったわ!
あああああ、あの至福の味よ再び!
そのくらい、わたし、もともとお茶漬けっ子……って、あれ? えーと、トリクシーと鳥居クミの意識はどうなっているんだ的なことを考えていたはずなのに、いつの間にやらまたお茶漬けに戻ったわね。あはははは。
ま、いいじゃない! 融合 アイゴー! ヒアウィーゴー‼ ジーッとしてても、ドーにもならねぇ!と、有名巨大ヒーローも言っている。
融合よ融合。それでいーわ。もーまんたい。トリクシーと鳥居クミも、どっちもわたし! キシニナイ。
イマサラどのあたりの意識が転生前で、どのあたりの人格が転生後なんて分けて考えても仕方がないものね!
それよりはお茶漬け具材を求めて、動け動け動け!
だって、とにかくひたすらお茶漬け食べたいんですもの!
……わたしって、ブレないなあなんて。ほほほほほ。お恥ずかしい。だけど食欲って、人間の三代欲求のうちの一つじゃない。願う気持ちは強いのよ、きっと。
わたしの食欲はどうやらお茶漬け特化型のようだけど。おほほほほ。
まあ、いい。
もうすぐ懐かしのラインシュ侯爵領。
その屋敷にはトリクシーの兄がいる。
居るのは長兄、フォルカー・フォン・ラインシュ。つまり、ラインシュ侯爵家の跡継ぎね。だから、領地のことはたっくさん勉強しているはず。
……どの地方に、どんな農作物があるかなんて、聞けばわかるよね? 頼りにしていますよフォルカーお兄様。
領地には居ないけど、もう一人兄がいる。
それが次兄、ギュンター・フォン・ラインシュ。フォルカーお兄様が跡継ぎだから、他家に婿に行く……と思いきや、何と魔法学院に入学し、実力で魔法省に勤務しているの。
実力派の若手魔法使いナンバーワン……ではないけど、それなりに有能な魔法使いらしい。
あー……、しまったな。王都で暇している時に、ギュンターお兄様を訪ねればよかった。麦飯を作るのに、もしかしたらギュンターお兄様の手をお借りするかもしれない。
ま、でも、王都にいる時は麦飯という発想には至らなかったから、尋ねて行っても領地に帰る挨拶しかしなかったかもしれないけど。
そう、麦飯。そしてそのための押し麦。
大麦を収穫してローラーで潰して押し麦にできればいい。
だけど……、重しなんてかけたら、大麦の粒が粉砕されるんじゃないかな……という懸念もある。
そこで魔法使いであるギュンターお兄様の出番よ!
粉砕しないように脱穀した大麦の粒を、潰してください魔法で! 押し麦が作りたいんです!
……なんて言ったら怒られるかしら?
オレの魔法は麦を潰すためにあるのではない! とか言われそうだけど……。
うーん、どうかな? 別に兄妹仲は悪くなかったから……、やって♡ なーんてかわいくお願いしたら、聞いてくれるかなー。
ま、とりあえず、屋敷に着いたらフォルカーお兄様にご挨拶!




