第39話 初めまして、カイエン男爵。突然すみません!
ぽかーんと。
ええ、マジでポカーンと。
わたしは馬車の小窓から頭を出して、屋根の上できらりと光るしゃちほこを見上げてしまった。
さすがに日本の城ではなかったんだけど、カイエン男爵のお屋敷は……、屋根飾りにたくさんのしゃちほこがいた……。
ヨーロッパ的なお屋敷に、しゃちほこ……。
違和感がありすぎるわっ!
も、過去に日本人転生者が居たこと確定!
たまたま一致しただけの偶然とか言われたら、ちゃぶ台ひっくり返すよ!
「……変わった飾りですね。とりあえず、お嬢様。小窓から身を乗り出すのではなく、馬車を降りましょう」
「そうね!」
淑女が馬車の小窓から頭を出して外を見るなんて、してはいけませんわおほほほほ~。なーんて。小芝居をしている場合ではない。
わたしは馬車を止めてもらってから、馬車を降りた。……ちょうど玄関先の庭だから、ここで止めてもいいよねえ。玄関ホールまで馬車で入って行くべきなんだろうけどさあ。
わたしとナイジェル様、そしてエリンが下りた馬車の横に立って、屋根の上を見上げる。どこからどう見ても、やっぱりあれはしゃちほこだ。
「しゃちほこって言うのよ、あの屋根の飾り」
「シャーチホコ……で、ございますか……?」
「うん。火事から建物を守るためのおまじないみたいなもの」
紙と木でできた昔の日本の建物にとって、火事は天敵だからね。でも、この似非ヨーロッパ的世界の石造りのお屋敷で、しゃちほこを飾って、火事よけ祈願とかする意味はあるのかなー?
「魔法……ですか?」
「ううん。実際に火事が起こった時に火を消すような魔法の力はないよ、多分。ただね、鯱っていう伝説の生き物がいて、その鯱は口から水を吐くらしいの」
「はあ……。では、シャーチとは神獣のようなものですか?」
「まー、そんな感じかな。実際に、屋根のあの飾りが水を吐くわけじゃないと思うけど……」
いや、もしかして、カイエン男爵のお屋敷のしゃちほこは水を吐く? 排水的な何かとして使っているのかな? でも、別に雨どいとかとも繋がっていないし。うん、単なる飾りだと思うのよね……。
うんうんと頷いたところで。
馬車の向こうから「よくご存じですね」というイケメンボイスが聞こえてきた。
「トリクシー・フォン・ラインシュ侯爵令嬢とそのご一行様ですね。私がノーブナガ・フォン・カイエンです。ようこそ我が領へ」
聞こえた声に、ご挨拶を……と思ったんだけど……。
馬車の向こうから現れたカイエン男爵。
ええと、どこからツッコミを入れればいいの⁉
まず名前。ノーブナガって信長か!
それに着用している服! どこからどう見ても剣道着と袴!
イケメンボイスとか、口髭がちょっとセクシーなイケオジ様とか。そう言うのがぶっ飛ぶくらいのツッコミどころっ!
「トトトトトトトトリクシー・フォン・ラインシュですわっ! 初めまして! この度は突然の、不躾な訪問、お許しくださいませねっ!」
どもったー!
嚙んだー!
取り繕うようにカーテシーでも……って思ったけど、こっちは侯爵令嬢、あっちは男爵。お世話になるにしても、頭を下げちゃいけない貴族社会!
「それにしても……、あのしゃちほこ。現物をこちらの世界で見たのはわたくし初めてですわ!」
さりげなく(?)探る。
だって、カイエン男爵、あなたは日本人転生者ですか……なんて、いきなり聞いたら変な人かもだし!
ホントに日本人転生者ならいいんだけどさ。違ったら、なにそれの世界。
「ああ……、アレですね。シャーチホコは、祖父の故郷では有名だったとかで……」
は⁉ おじい様⁉
「もしやおじい様の故郷は日本ですか⁉ 名古屋ですか⁉」
前のめりに聞いたら。カイエン男爵は驚いたように言った。
「よくご存じですねえ……。はい、祖父はニーホンがナーゴヤの出身と……」
マジかー! 日本人転生者はカイエン男爵ではなく、おじい様でいらっしゃったか! でもいた!
「名古屋飯! 味噌カツ! きしめん! 手羽先! 小倉トースト! ひつまぶし!」
叫んだ。思わず叫んだ。
だって、もしかして、ひつまぶしがあれば!
三杯目はお茶漬け―――――――――!
期待でわくわくしちゃうぞ!
キラキラした目でカイエン男爵を見つめれば。
「ええと、ミーソカツ、テーバサキ、ヒーツマブシは言葉だけは聞いたことがありますが……」
「な、ないですか……?」
「申し訳ない。祖父が作りしオーグラトーストとキーシメンは、我が男爵領では皆好んで食しますが」
「きしめんがある⁉ 小倉トーストも⁉」
マジか―――――――!
「はい。ご用意いたしましょうか?」
もちろんですとも!




