第36話 アンズーの前に、宿探し?
空を飛んでいるときはムキムキマッチョなペガサスだけど、地面に降り立ったら、フツーの馬の身体に戻ります。
翼が邪魔だからねえ、馬体を持ち上げて飛ぶんだから大きくないと無理なんだけど、梅の木と梅の木の間の小道を歩くと……翼が引っかかってしまう。
わたしたちはお馬様から降りて、梅林を散策。その間は馬は御者にため池とか農業用水とかがあるあたりまで連れて行ってもらう。お水飲んでねー。
梅の里はまるで桃源郷のよう……なんて言うのは言い過ぎだけど。
わたしの身長の約三倍くらいのアンズーの木が、等間隔に植えられている。
やっぱり自然に生えたものではなく、ここは果樹園的な感じなのね。
で、そのアンズーの木と言えば、今まさに、収穫時……かしら?
いや、ちょっと早い? 緑の葉が茂る、その葉や枝の間から、コロンと丸いオレンジ色っぽいアンズーの実がいくつも見えているんだけど……。実の色は完全に全部オレンジ色ではない。まだ実の半分ほどは黄緑色で、一部分だけがオレンジってカンジ。
それでも、近寄ってみると、アンズーの甘酸っぱい香りがかすかに鼻をくすぐってきた。
「わー……、なんか桃みたいなフルーティな香りがしますね」
「そうですね……。でもまだ香りは弱いです。完熟するともっと濃厚に香りますよ」
「へー……」
「まだ青い状態でもアンズー酒は造れるのですが。やはり、完熟した実で作ったほうがおいしいですね。梅は……青梅っぽいほうが良いのでしょうか?」
「んー……。青梅からでも梅干しは作れますけど。やっぱり、南高梅みたいな大きい梅で、実がオレンジ色になった完熟梅のほうが良いですね」
「高級梅干し?」
「いえ、完熟した南高梅だと、梅干し作りの初心者にも作りやすいんですよ。青梅は梅干しにするにはちょっと手間で」
「そうなんですか?」
「ええ」
梅干しはね、わたし、日本でも何度か作ったことがある。日本でのお母さんが毎年梅雨に時期になると自家製梅干しと梅ジュースを作る人だったから。
梅干しはねえ……、実は手順はそんなに難しくないのよ。
だって、まず、梅の実からヘタを取るでしょ。それで水でざかざか洗って、ざるに広げて水分とって。乾いたら、焼酎とかホワイトリカーをまぶすの。で、梅を漬ける壺の方も焼酎とかで洗って置いたら。梅と粗塩と砂糖を入れて、重しをするだけ。
最初の手順はこれだけ。
で、何が大変かというと……まずカビ。
水分が残るとカビやすい。焼酎とかで徹底的に殺菌。カビたらアウトー!
カビさせないためには、重しを乗せた後、梅酢が上がって来るかどうかなんだけど……。青梅だとなかなか梅酢が上がってこなくてね。三日経っても一週間経っても梅酢が上がってこない場合、スーパーで売っている梅酢を買って来て、壺の中に追加投入しないと駄目になっちゃう。
これが、南高梅だとねー。重しをして半日くらいで、もう、壺の中がたっぷんたっぷんになるくらい梅の実の中から梅酢が出てくるのよ! いつだったか、梅の実を壺に無理にぎゅうぎゅう詰めちゃったことがあって。
……そうしたら、壺から梅酢があふれて、床がびっちゃびちゃになったのよ……。
おそるべし南高梅。
いやいや初心者が梅干し造りをするにはありがたい存在よね。梅酢が上がれば、梅干しはまず失敗しないもの。
アンズーが南高梅と同じかどうかは分からないけど……、梅酢の上がりを鑑みると、やっぱり完熟アンズーで梅干しを作りたい。
「収穫まで待つしかないですねー。実の様子からして三日くらいかな? 五日くらい……?」
それまでこの梅の里で色々見て回って、待っていればいいでしょ。
「えーと、ナイジェル様。付近に宿とかあります?」
ナイジェル様のお顔がさっと青ざめた。
「すみません……。ここ……平民の里なので……、近隣に侯爵家のご令嬢が泊まれるような宿が……」
あ、ないのね?
「だったらキャンプ……ではなくて、野宿できるような場所があればいいですけど」
気楽にサクッと言ったら、エリンに怒られた。




