第24話 婚約破棄申請書
サロンに行けば、そこにはギュンターお兄様だけではなく。お父様、お母様、ラインシュお兄様、ガブリエラ王姉殿下にはロズヴィータ義姉上、それから何故だかナイジェル様もいらっしゃった。
「あら? 皆様お揃いで……?」
「ああ。殺伐としたお話合いのために、全員集合というところかな? ふっふっふっふっふ……」
「ナイジェル様は……?」
「話し合いの最中で、魔法関係……、特にペガサスが必要になる場面もあるかもしれないからね。あとから説明するよりは、最初から情報は共有しておこうということだ」
「なるほど。情報共有は大切ですわね」
殺伐に情報共有。
と、いうことは……、あれか。あれだな。
わたしも婚約破棄云々に関しては、そろそろ真面目に考えないとーとかは思っていたのよねえ……。
お茶漬け関連も、春という季節を待たないと、今は何もできないし……。
さてと思って、テーブルを見れば、書類が……ええと、大量に積まれている。山のように……と形容するほどではないけれど、百枚はある感じ。
ん? んんん?
「婚約破棄申請書?」
婚約破棄届……ではなくて、申請書? どゆこと? 婚約を破棄していいよーって承諾は取ったってお父様、言っていたわよねえ?
「文字通り、トリクシーと王太子の阿呆の婚約を破棄手続きについて許可や承認を求めるために、陛下に提出する文書」
「フォルカーお兄様……」
阿呆は心の中だけに留めておいてくださいませ……。それと、申請の意味はわたしにだってわかります。
でも、手続きは……破棄届とか、そういうのを書いたり公示したりっていうのをやっていないだけで、口頭ではもう婚約はナシでオッケーなんだよね?
だって、わたし、秋から王城にも行っていないし、王太子妃教育も受けていないぞ?
思いながらも、書類を上から適当な枚数、手に取って読んでみる。
そこに書かれているのは……、まず、婚約の経緯。
国王陛下のご命令によるであるから、ラインシュ侯爵家側に拒否権はなかったこと。
婚約期間の明記。
十歳のときから約六年の婚約日から本日までの日数。
長きにわたる婚約期間に、わたし、トリクシーが王城に向かった日数。
そこから王太子妃教育で登城した日数を引いて、王太子殿下との交流のために登城した回数。
王太子との交流日で、実際に交流した日数。
約束の日に、王太子が来なかった日数。
何時間も待たせた上に、遅刻した日数。
王太子殿下がわたしを待たせた上に、わたしに向かって吐いた暴言の一例。
貴族学園に入学後、婚約者であるわたしと交流などせず、平民上がりの男爵令嬢ヘレン・フォン・シュルツと懇意であった事実。
ヘレン・フォン・シュルツへ対し王太子殿下が贈ったプレゼント一覧。金額、購入店。購入店の帳簿の写し。
婚約者であるわたしにこの六年で王太子個人から贈られたものは皆無という事実。
婚約者が居ながら王太子殿下はヘレン・フォン・シュルツとの不適切な交流を続けたこと。
王家が王太子殿下の行為を諫めなかったこと。
淡々事実だけが書かれているにも関わらず、行間には怨念がこもっていそうな感じの羅列。
更に……。王太子殿下の行為は、婚約者であるトリクシー・フォン・ラインシュのみならず、ラインシュ侯爵家への侮辱とみなし、婚約の破棄を申し出た。
だが、こちらの申し出に対しての王家の返答は。
「『王太子妃教育は停止、婚約破棄も可能ということは王家側から認証はされた。が、しかし、王太子殿下の個人的希望により、婚約を破棄するのは貴族学院の卒業パーティの場でと通達があったのみ。それ以上、何の説明も手続きもなし』」
読み上げた部分に、下線が真っ直ぐに引かれてあります。
超目立つ。
「『今、この秋の時期に、婚約破棄を行うのではなく、王城の一室で手続きを行うのでもなく、何故わざわざ貴族学院の卒業パーティという公の場で婚約の破棄を行うのか。その意図の説明を求めても、王太子殿下及び王家からの事由の説明は皆無』」
こちらは真っすぐな下線ではなく、波線です。
めっちゃ強調。
文面は淡々としているのに、怒りが見えますね……。
あー……、そう言えば、この話をしていた時に、お父様、お顔を閻魔大王のように真っ赤にして「何故っ! トリクシーが阿呆どもの演劇ごっこに付き合わねばならんのだ!」と、怒り狂って下さいましたね……。ふふふ……。お父様大好き。
でも、あの時は、わたし、うっかり酒瓶の中のアンズーを見つけちゃったので……、思考がもう、梅干し! になってしまったのよね……。
あああ、お父様。お父様の愛を放置してごめんなさい……。
で……、わたしはお茶漬け愛にまい進してしまったのだけれど……。お父様はわたしの婚約破棄に向けて着々と準備をしていたのね……。すごい。ありがたい。
この書類はお父様の愛と努力の結晶。
ま、実際に調査をしたり、証拠を掴んだりというのはお父様の部下のお仕事かもしれないけど。
ああ、トリクシーは愛されているなあ……。えへへ。
書類を読みながら、ふと思う。
「……お父様。これらの書類はお父様が整えさせた原本ですか?」
「ああ、そうだが?」
「……貴族学院へ提出したわたくしの休学届。学院長印などが押されたり、サインがされたりして、休学が認められたという認定書類的なモノも付け加えていただくことは可能ですか?」
「ああ、必要なら添付するが」
「お願いします。それから……、わたしは休学する以前に学院での授業の単位はすべて取得しているという認定書のようなものもございますか?」
「ああ、もちろんだ」
「ありがとうございます。他にも……わたくしが秋から卒業パーティまでの期間、王都に居なかったことを示せる証拠書類があれば、別途添付お願いします」
たとえば、ここの領地で、ガブリエラ王姉殿下をお迎えしたときに、きちんとわたしは領地に居たと分かるもの……。ガブリエラ王姉殿下の護衛騎士たちの勤務記録とか、そういうものにはちゃんとその日ごとのガブリエラ王姉殿下が誰と出会ったとかいう記録があるわよねー。わたしがガブリエラ王姉殿下と一緒にお茶をしたとかも書かれているハズ。該当部分の写しくらいは欲しいかな。
説明したら、お父様は「了解した」とお返事を下さった。
ありがとーお父様、大好き。
「それから……。資料が膨大なので、インデックス……、目次的なモノが必要ですね」
これだけ枚数が多いと、何ページに何が書かれているのか、資料何ページ目にあるのかとか。必要な個所がすぐに分かるように目次が必要よねえ。だって、もう、ほとんど書籍並みにページ数があるんですもの。
「後は何が必要かしら……?」
考える。
必要書類がすべて整った後は……わたしの魔法の出番かしら。役に立たないと思っていたけど……、使えそう。
「これ……、国王陛下に提出する書類ですわよね?」
お父様が頷く。
「卒業パーティでいきなり婚約破棄などを叫ばれて、すべてトリクシーの瑕疵にされてはたまらんからな」
「……わたくし個人の瑕疵であれば、わたくしを放逐すればいいだけなのですが」
「するか!」
わたしは微笑む。
「ええ。分かっておりますわ、お父様。大好きです」
突然わたしが大好きなどといったものだから、不意を突かれたお父様は頬を赤らめた。ふふふ……。イケオジのテレ顔……。コレはコレで、ごちそうさまです。
前回のように、お父様たちがお酒を飲みまくらなくてもいいように、そろそろ私、ちゃんと悪役令嬢しようかしらねー。
いや、別に、わたし、好んで悪役をやりたいわけじゃないのよ?
こっちは婚約を破棄してくれれば、別に文句も言うことなく、領地とか他国とかでお茶漬けの材料を求め、それを研究して、食す……という生活がしたいし、それで十分満足。
王家になんて近寄りたくもないし、王太子殿下なんてどうでもいい。
だけど、こっちが良くてもあっちがねえ。難癖、つけてきそうな予感がぷんぷんするんだものー。
お父様が「……トリクシーを悪役令嬢と断罪、国外追放の刑に処すだのなんだの、流行の小説だか演劇だか何だか知らんが、それになぞらえて、大々的に婚約破棄を行いたいと! あのクソ王太子がっ!」と叫ばれたように、王太子殿下はわたしを悪役にして、ご自分を正当化したいのよね。
まあ、転生前の日本のラノベのように、身分の低い娘を後の王妃にしたいがために、婚約者を悪役に仕立て上げる。その身分の低い娘は聖女であるとかなんとか、真実の愛がどうたらこうたらで、つまりは、片方を悪役に仕立て上げ、王太子殿下はご自分をヒーローとしたいというわけだ。
お父様がおっしゃった通り、演劇ごっこ。
付き合う義理はない。
まあ、ね。別にね。やりたいならやればいいのよ、卒業パーティでの断罪くらい。
王太子の婚約者になんて、元々なりたくもなかったし。
婚約を破棄してくれるなら、ハラショーって喝采あげちゃうし。
……だから、わたし的には、わたし一人だったら、演劇ごっこの断罪もどうでもいい。
「ほーほっほっほ! 返り討ちにして差し上げますわぁ」なーんて、悪役令嬢っぽく高笑いしなくたって、そもそもわたしには悪役令嬢にされるような瑕疵はない。
ヒロインちゃん、虐めてません。
それどころか会ったことも話したこともない。
名まえだって、学院に通っているときは知らなかった。
取り巻きのご令嬢たちにヒロインを虐めるように指示してません。
そもそも取り巻きのご令嬢がいないしね。
学院でも、ご挨拶程度はするご令嬢は居たけど、親しく親交する相手は皆無だ。
あ、これ、わたしが性格悪いとかじゃなくて、王太子のせいですからね!
約束しても来ない王太子を待って、どれだけわたしが時間を無駄にしたと思うの?
そんな無駄な時間のために、他者と交流する時間が無くなったのよ!
学院に滞在している時間なんて、授業時間を除けば移動時間のみ!
ごきげんよう、じゃあサヨウナラ……という挨拶が出来れば御の字でした。
ホント、時間の無駄だわぁ。何しに学院に行っていたの……って、王太子殿下との交流のためだけだったのよねー。ああ、まさに時間の無駄。
あとわたし、一人になる時間はないからね!
護衛、侍女。常に周りに誰かいる。王家からの影とか、ラノベでよくあるその手の人はついていたかどうかは分からないけど。
少なくとも、ガブリエラ王姉殿下の側には護衛騎士と侍女がたんまりついているのよ! ついでにわたしの動向くらい、知っているでしょ! 今、同じ屋敷内に住んでいるんだし。……まあ、屋敷、すんごい広いけど。
あー……、アリバイっていうか、わたしがいつどこで何をしていたのか、状況説明書は作っておいたほうが良いかなー。
まあ、面倒だから、いいか。
だって、たとえば、ヒロインちゃんの教科書を池に投げ捨てたとか言われても。そもそもそのときにわたし、学院に居ませんでしたーっですむ話だ。
秋から卒業パーティまで、わたしずっと領地で、しかもこの屋敷の敷地内から出ていない。部屋と温室、食堂やサロン。それだけ。
冤罪だって、かけようがない。
無理に王太子が何か言っても、無理でしょ……って放置していたの。それよりお茶漬けーって。
でも、お父様たちが怒ってくれるから。
こんな資料も大量に作ってくれたから。
だったら……活用しましょうね。ふふふ。ちょっとくらいは悪役令嬢っぽいこともやらないとね。
だってわたし、トラック転生した、推定悪役令嬢だし。
推定っていうのは、この世界がラノベの世界かどうかは分からないからね。異世界転生はしたけど、ラノベの世界とかアニメの世界に転生かどうかは知らない。興味もない。
さて、追加の書類……わたしの休学届とか。不在証明? 的なモノを少々つけ加え……。
お父様が整えてくれたこの書類をまとめ、インデックス……ええと、目次をつけて、ええと、なんて言うのかな? 説明書きを加える。
説明書きっていうのは、つまり『この書類は、わたくし、トリクシー・フォン・ラインシュが秋に王太子であるアントン・フォン・ブラウンシュヴァイク=リューネブルクに耐えかねて、婚約破棄を求めた。王家からは婚約破棄は承諾すると口頭での返事をもらったにもかかわらず、書面での手続きは一切ない。更に、演劇や小説の真似なのか、王太子殿下はわざわざ貴族学院の卒業パーティの場で、大々的に婚約破棄を行いたいと言ってきた。秋から卒業パーティまで約半年もの期間があるにもかかわらずだ。普通婚約の破棄といえば、両家の間での話し合いにて、慰謝料などの諸事が決定される。何も決めないまま、ただ、公衆の面前で婚約破棄を叫びたがる王太子殿下。この書類は、その王太子殿下に、わたくしトリクシー・フォン・ラインシュが冤罪をかけられないように、また、わたくし自身の正当性を示すためにまとめた資料である』云々の文言である。長いわー。
「えーと、トリクシー? 書類は国王陛下に提出するのだから、この説明書き、要らないんじゃない?」
お兄様たちは揃って疑問顔。
「ええ、もちろん。国王陛下にお渡しする原本には、この説明書きはつけません。が、その他諸機関にお渡しする分には必要でしょう」
「諸機関?」
「最低限、宰相閣下宛て、宰相府宛て、婚約婚姻ときたら教会宛て。国内外の新聞社宛て。貴族学院の院長及び諸先生方宛て。王政を支える諸機関……たとえば、貴族や聖職者から構成される上院の議員の皆様宛、騎士や市民代表から構成される下院の皆様宛て……。我が家と付き合いのある貴族の皆様、寄り子とかも……。パッと思いつくところでこんなところかしら? ああ、区分けが面倒だからいっそ国内の全貴族にも配りますか!」
情報ってね、秘密にすればするほど、勝手に憶測が走るのよ。
だから、冤罪も発生する。
わたしの婚約破棄におけるすべての情報を公示する。
隠さない。
わたしは、秋の時点で、既に王太子殿下との婚約は破棄したいと明確に意思表示をしているんですと。
王家も承諾しているのに、どうしてすぐに婚約破棄手続きをしてくれないのか不思議よねー?
えー? 王太子が卒業パーティなんかで何かやらやらかそうとしているの?
まさかねー。
なーんてことを、包み隠さずぜーんぶ国中に公表。
「お父様が作ってくださった資料を陛下にお渡しするだけではもったいないでしょう? 最大限に活用いたしますわ」
ふふふふふふ……と笑うわたしはまさに悪役令嬢顔。なんてねー。
笑ったときに、ナイジェル様がそっと右手を上げた。
「あの……。口を出すのはすまないのだが。この大量の資料を大勢に送りつけるのは……、相当な手間ではないか?」
あー……、手書きで書き写したら、それはそれは大変ですね。
わたしはにっこり笑って答える。
「ナイジェル様。実はわたくし、一つだけ魔法が使えるのです」
「魔法?」
首をかしげるナイジェル様。
お父様やお母様、お兄様たちは「あー!」と声をそろえた。
「わたくしが唯一使える魔法は、複写、そして複製なのです」
お茶漬け作りにはなーんにも役に立たないわたしの魔法。
複写、複製。
そう、つまり、わたしは云わば、人間コピー機。
大量の書類だって、いくらでも、一気に複製を作ってしまえるのですよー。ふっふっふ。
……ただねえ、わたしの魔法。複写っていうくらいなので……。ホントコピー機なのよねえ。お米が入手出来たら、その米を増やす……とかはできないの。
紙や書類、書籍のみ複製可能……ちっ!
これまでなーんにも役に立ってこなかったわ。
だって、紙の複製なんてねえ。
数枚程度なら、口頭で指示して、それを使用人がメモ書きすれば事足りちゃうんですもの。
美術品の偽造?
絵画はできそうだけど、彫刻は無理ね。
だいたいにして、絵画の複製を作ったところで……無意味。
わざわざ複製にして、売って、金儲け……なんて、犯罪を犯さなくても、我がラインシュ侯爵家には山のような資金も資産もあるのよ。
犯罪まで犯して、小銭を稼ぐなんて馬鹿らしい。
あ、話が逸れましたね。
ということで、ザクザク複製を作りました。
そして、ギュンターお兄様とナイジェル様、および、我が家に来て下さった魔法使いの皆様のお手をお借りして、思いつく限りの相手にサクサク発送……。
日本の宅配便より早く、魔法でぶっ飛ばして……。わたしが列挙した諸機関だけではなく、国内のすべての貴族のお宅に、更には大手商人さんたち宛てにも、書類のコピーをガンガンお届けしてしまったのよ。わっはっは!
これで、王太子が勝手にわたしに冤罪をかけることは限りなく不可能に近くなったわー。




