第21話 温室をつくりました
さて……、押し切られるというか、なし崩し的にというか、ナイジェル様はわたしのお茶漬け研究の助手になりたいということ、そして王都に帰って魔法省を辞めてくることをガブリエラ王姉殿下やお父様に伝えた。
伝えてすぐにではなく、ガブリエラ王姉殿下、お父様やお母様、フォルカーお兄様、ロズヴィータお義姉様、ギュンターお兄様たちと、何やらアレコレとお話合いを持った上、三週間くらいラインシュ侯爵領に滞在してから、ペガサスに乗って王都に帰ったのね……。
な、何のお話合いをしたのでしょうか……。
不穏な気配を感じます……。
なんて、怯えていたら。
「あっはっは、そんな怖いことは考えてないよー。せっかく俺とナイジェル先輩がいるんだからさ、ラインシュ侯爵領に私設の魔法研究所を設立するってお話合いをしていただけだよー」
「ええっと、私設の……魔法研究所……ですか?」
「そう。魔法省のように国の機関とかではなくてねー。我が家の個人的な魔法研究所」
「個人的……」
「うん、だってさ、トリクシーの個人的な助手を雇うわけにはいかないでしょー? ナイジェル先輩をトリクシー専属の執事や護衛にするわけにもいかないしさ」
「そうですけど……」
ナイジェル様のような魔法省の有望な魔法使いを、執事にはできない。
いえ、やろうと思えばできますけど、魔法使いと執事や護衛では職務が違う。
「王太子殿下との婚約の破棄を視野に入れているときにさー、個人的な男性使用人をトリクシーに新しくつけちゃうとねー。トリクシーの新しい恋人とかってー、邪推されてー、こっちの瑕疵になりかねないからねー」
思わず口にしていた紅茶をブボッと吐き出しそうになりました。
「こ、こここここここいいいいい……」
「さすがにそれはマズいでしょー」
マズいも何も、恋など始まっておりませんが!
わたしたちはお茶漬け同盟! あと転生前の同郷! そこでちょっと接触があっただけ!
「本人たちがどうかっていう真実よりもー、他者からどう見えるかってだけの話だよー。体裁は整えないとねー」
「体裁……」
「俺が魔法省を辞めてー、ラインシュ侯爵家の個人的な魔法研究所を作る。で、その所長には俺がなってー。副所長的な立場にナイジェル先輩をーってことにすれば、対外的にも問題はないでしょー?」
「一応の言い訳は立つと思いますけど……」
「揚げ足を取られない程度の言い訳とか形式は大事だからねー」
ああ、それで三週間もこちらに滞在した後で、王都にお戻りになったのね。
色々言い訳を……考えて……ですのね……。
「わたくしのせいで……すみません……」
謝ったら、ギュンターお兄様はニヤリと笑った。
「べつにトリクシーのためだけじゃないんだよねー。ふっふっふ……」
や、やっぱり嫌な予感が……。
案の定。ナイジェル先輩はただ魔法省を辞めるわけではなかった。
ラインシュ領で、ギュンターお兄様が所長となり、私設の魔法研究所を設立することを、魔法省の仲間の魔法使いたちに大々的に告げてきたのだ!
「それって、引き抜き……」
「別に引き抜きじゃないよー? 雇用条件はこういう感じって告げてもらったけどねー」
雇用条件。つまり給与とか福利厚生的な……。
「魔法省の給料の半額しか出さないってーことで、魔法省のお偉方は、そんな安いところで働く馬鹿はいないとあざ笑うことだろうねー」
「は、半額⁉ 安すぎないですか?」
「うん、安い。でもねー、住居費用込み、給料は安くても、研究費は莫大。好きな研究に爆走してよし。更に王妃様係っていう理不尽な仕事なしだもんねー。来たいって魔法使い多いんじゃないかなー? 無理やり引っ張っては来ないよー。あくまで個人の判断だよー」
……その通りでした。
三か月後、ナイジェル先輩はなんと! 二十人もの魔法使いを引き連れて、ラインシュ領に戻ってきたのでした……。
わあ……。
もちろん皆さんマッチョなペガサスに乗って……です。うわおー。
さて、その三か月間、わたしが何をしていたのかというと……。
ギュンターお兄様の私設魔法研究所予定地の一画に温室を作っていただいて、そこでバジルの研究をしておりました。
「どーせ新しくいろいろ作るんだから、トリクシー用の温室の一つや二つ、作っちゃってもかまわないよー」
野草の研究……魔法薬に使える薬草を研究する魔法使いもやってくるかもしれない……とのことだったので、小規模な温室を五つほど作ることにして、土地を確保し、そのうちの一つをわたし用に先に作っていただきました。
何故温室がいるのかと言えば、それはシソに似た葉の研究がしたいから。
日本でなら、シソの入手は簡単。スーパーで売っているし、買わなくても、畑の隅とかで知らないうちに生えていた……なんてこともある。
ま、シソじゃなくて、シソに似た可食ではない別の植物ってこともあるけどね。
でも、探せばある。
こちらの世界にはシソと同じものはあるのかどうかは分からないけど、多分見つけるのが困難。
だったら、似たような葉、たとえばバジルとかで代用……なんだけど。
今は冬。
どのみち春にでもならないとシソ系の植物の苗さえも入手はできないだろう。
だから、冬のうちに温室を作っておくの。それから、土の準備ね。いざ春になって、苗を入手したときに畑の土がなくて、植えることが出来なかったらもったいない。環境整備大事。
その他いろいろ情報収集とかもねー。地道にしています。
ちなみに王都の情報収集も、フォルカーお兄様やロズヴィータお義姉様がしてくださっています。友人、知人、お付き合いのある皆様に、時候のご挨拶の手紙にさりげなーくそちらのご様子はいかがですか……なんて書いてね。
結果、やはり阿呆殿下は恋人である平民上がりの桃色髪の女生徒とイチャコラしているそうですよ。
あ、桃色髪の女生徒の名前がわかりました!
ヘレン・フォン・シュルツ男爵令嬢だそうです。
なんでも、真実の愛とやらで、政略結婚を嫌がってシュルツ男爵の姉が使用人と駆け落ちしてできた娘らしい。
姉は駆け落ちしたはいいけど、平民生活に耐えられなくて、シュルツ男爵家に帰ってきた。でも、そのときにはもう既にお腹にはヘレンさんがいた……。
前のシュルツ男爵は姉を既に除籍していたんだけど、現シュルツ男爵はその姉をかわいそうに思って、生まれた娘を自分の娘として育てることにしたんだって。
その辺のゴシップはロズヴィータお義姉様のご友人の皆様が詳しかったわ……、おさすがです。
現シュルツ男爵は……姉の人に同情してヘレンさんを自分の娘として育てたのか、それとも生まれた娘を政略に使うつもりなのかは……不明だけど。
結果として、ヘレン嬢はアントン・フォン・ブラウンシュヴァイク=リューネブルク王太子殿下と恋仲になったのだから……やっぱり、身分などない真実の愛信仰派なのかしらねえ。
あー、ヤダヤダ。
経歴がはっきりすればするほど、わたしが悪役令嬢扱いされそうな予感が強くなるわねえ……。
ま、それは卒業パーティで対処すればいいかー……と思いつつ。
なんとなーく、例えるのなら、通学路に地縛霊がいるのを放置しているような感じでイヤーねえ。無視したままで卒業できればいいのにー。
ああ、阿呆殿下とさっさと無縁になって、お茶漬け作りにまい進したい……。




