第20話 四つの理由
……元日本人で転生者という共通項からして、梅干し作りやお茶漬け作りにご協力を願いたいとは思った。
だけどそれは、魔法省を辞職してまでわたしにお付き合いくださいというのではない。試食してご意見を言ってほしいという程度のささやかなもの。
なのに、どうしよう。
まさか、転生前の日本で、鳥居クミが幼稚園生の省吾くんの命を救ったから、その贖罪に、転生後の世界ではナイジェル様の人生をトリクシーに捧げる……とか思ってしまったのでは……?
それは、困る。
そこまでしてもらっては困る。
だって、鳥居クミは省吾くんを助けようとして死んだんじゃない。
幼稚園生の男の子が居て、そこにトラックが突進してくるのを見て、咄嗟に走っただけ。走った結果、運悪く吹っ飛ばされて首の骨でも折っただけ。
省吾君に罪はない。
もし罪があったとしても、そんなもの、鳥居の両親と仲良くしてくれて、鳥居の両親が笑顔になるまで、鳥居クミが死んだ痛みを乗り越えるまで、側に居てくれた。それで、もうチャラだ。十分償ってくれている。
転生した後のナイジェル様の人生を、トリクシーに捧げるようなことはしなくていい。
「もしも、罪の意識とかで、わたしに協力してくれるというのならお断りします」
だから、わたしは断った。
だけど、ナイジェル様のご意志は固かった。
「罪の意識を持つなというのは無理だ」
「ですが、わたしは気にしていません! もう一度死んで、新しい人生なんです! わたしは既に鳥居クミとしての人生を終え、今はトリクシーとしてお茶漬けにまい進しています! だから、あなたも武藤省吾くんとしての人生を引きずることなくナイジェル様として生きてください!」
過去にこだわってどうする!
努力するなら未来へ! 新たなる未来へと旅立とうよ‼
「ただ、正確に言えば、トリクシー嬢の手伝いをしたい理由は四つある」
「はひ?」
理由が四つ? 四つの理由のうちの一つが贖罪ってこと?
「理由その1は当然贖罪。どうしたって過去は無くすことはできない。それが転生前であろうと転生後であろうと、わたしはあなたに……鳥居クミさんに助けられたことを、毎年、墓参りのたびに認識を新たにし、鳥居クミさんの分まで自分の生を一生懸命生きようと心がけてきた。ナイジェルとしての生を得てからも、その思いは変わらない」
お、重いいいいいい。覚悟が重すぎる……。
わたし、少年の一生を左右するような、そんな壮大な女じゃないですぅうううう。
わたしは転生前のあなたをうっかり助けただけのお茶漬け愛好家ですぅうううう。
「理由その2。正直に述べよう。わたしもお茶漬けが食べたい」
「ふへ?」
あ、なんかいきなり話が軽く……なった……?
「異世界転生をした日本人が和食を求め、東奔西走するライトノベルなど腐るほどあっただろう?」
腐るかどうかはわかりませんが……よくありましたよね、和食チート。おにぎりとか醤油とかマヨネーズとか定番ですよねえ。
「私とて、それと同じだ。米が食いたい! お茶漬けが食べたいのだ!」
拳を握って力説する美貌の魔法使い。
瞳の濃紺、マジで血走っている。
ビジュアルだけで、ものすごい説得力。
……まあ、米を求める気持ちはよくわかる。だって、他でもない、このわたし、自分自身がそうなのだもの。
こってり西洋食ばっかり食べて胃がパンパンになる貴族生活を送っていると、あっさりサラサラの日本食が実に恋しい。お茶漬け食べたい。
お茶漬けを食べたいがために、わたしに協力してくれる……というのなら、もちろんウエルカムなのだが。
「それからもう一つの理由。魔法省など辞めてしまいたい」
「ほへ?」
「ギュンターも魔法省を辞めた」
「あー、そういえば、ギュンターお兄様……」
ちらと大人しくお座りになっているお兄様に視線を流せば、へらりとお笑いになった。
「オレも辞めちゃったねー、魔法省」
へらりへらりとお笑いになるが……魔法省って、エリート職よ? それをあえて辞めるって……何かあるの?
ギュンターお兄様とナイジェル様はお互いに視線を合わせて「うんうん」と頷きあいます。
「魔法省がブラック企業であるのはいいとして」
「いいの⁉」
「魔法使いが魔法の研究をするのに徹夜続きの連日出勤、超過勤務に休日返上、食事どころが水を飲む暇もないくらい忙しいのは別にどうでもいいのだが……」
「そうそう。いざとなったら、アルコールを大量摂取して……」
「……そのアルコールエネルギーを体内で活動エネルギーに変換すれば」
「十日程度なら、不眠不休で働けるもんねー」
「お、お兄様……、ギュンター様……、それ、過労死一直線……」
お、お体は大切に……なさって、下さい……。そ、そうか……だから、ギュンターお兄様……私物の酒を……大量にお持ちだったのですね……。
「魔法の研究に熱中していられるだけなら別にねー、いいんだよねー。そもそも魔法が好きで魔法省に勤めようなんて思うくらいの魔法好きの変人なんだしー」
いいのかそれで⁉ よくないだろう!
だけど、ギュンターお兄様もナイジェル様も「そんなもんどうでもいい」という表情だ。
「嫌なのは、王妃様のご命令で」
「はい? 王妃様?」
「そう。魔法使いなんて、道具なんだー」
「は?」
道具って……どういう意味かしら?
「あのねー、魔法省の魔法使いにはねー。王妃様係っていう仕事があってねー」
「二十四時間、交代でだが、複数名が王妃様の側に侍る」
「侍るって言っても、不貞とかじゃないよー。王妃様が日々を快適に過ごすための道具なんだー」
道具……。
人使いが荒いってこと?
「朝は小鳥の可愛らしいさえずりで起こせ。モーニングティーを飲むときは爽やかで静かな音楽を奏でろ」
「はい?」
魔法使いはバックグランドミュージック担当?
まあ、わたしだって鳥居クミ時代は……朝、スマホの音楽で目を覚ましていたけど……。
「天気が悪ければ王妃様の機嫌は悪くなるんだよねー。だから、王妃様の目覚めの時は、寝室の窓に朝の晴れた空を投影するんだー」
「え」
映写機ですか……?
「もちろん廊下を歩くとき、食事の部屋、サロン……王妃様の行く先々の環境整備。湿度温度エトセトラ。暗いのはイヤ、暑いのはイヤ、寒いのもイヤ。快適にしろとのご命令で」
「照明器具にエアコンですか!」
なんじゃそりゃー!
「俺たちはねえ、男だから。ご不浄と浴室には入れないから。そういうときは女性の魔法使いが呼ばれて」
「あー、そのあたりの節度はあるんだ……」
王妃様が男を侍らしたら大問題。
「回復魔法で全身マッサージ。髪を洗えば温風魔法で乾かしてー」
「肌に皺が見えれば、若返りの魔法を開発しろ」
「白髪が出来れば、髪を染める魔法を開発しろーってねー」
「うわ……」
わがまま……っていうか、身勝手ですね、王妃様……。さすがあの阿呆王太子の母……。
「便利屋じゃないっつーんだよねえ。だいたい魔法は王妃様のご機嫌取りのためにあるんじゃないっつーのー」
なるほど……。そういうふうに顎で使われるのが嫌で、ギュンターお兄様は魔法省をお止めになったのか。
「ナイジェル先輩の魔法だってそうだよねー。王妃様が空を飛びたい、優雅に馬で空を何て言うからさー」
「ふっ! 優雅な馬ではなく、マッチョにしてやった!」
……筋肉ゴリゴリのマッチョな馬の誕生秘話ですか……。あ、あああ……。
「そのせいで、ナイジェル先輩、王妃様のご不興を買っちゃったもんねー」
ふんっ! と胸をお張りになるナイジェル様。
「馬などという重たいイキモノが翼を羽ばたかせて空を飛ぶなんて、そもそもが不可能だ! 無理やりやろうとすれば、超巨大な翼とその翼を支え動かす骨格と筋力、更にそれを動かす心臓と酸素量が必要なのは当然の話! 優美な体で馬が空を飛べるか!」
あー……、そういえば、何かの本で読んだことがあったっけ。
空を飛ぶ鳥は、骨のが空洞になっていて軽い。それから、翼を動かすための筋肉……特に胸の筋肉は、人間の胸筋の二十倍だとか何とか。
軽くても、二十倍の筋肉が必要……。お馬様という巨体を飛ばそうとすれば、それの二十倍の筋肉が必要……。魔法で、ある程度なんとかするにしても……。いやいやいやいや、マッチョになりますわ……。
「だが、優美ではないが、空を高速で飛べるというのは利点がある」
『そーそー。今回みたいに王姉殿下が急いで義姉上に会いたいなんて時には有用だし。進軍的にも有効」
「それだけではない。トリクシー嬢。あなたがお茶漬けの具材を求めて国中を飛び回るつもりなら、私のペガサスはとても役に立つぞ」
「な、何と⁉」
ナイジェル様は、王妃様への御不満を口にしたときとは打って変わってニカッとした笑顔になる。
「例えば、私の故郷。馬で行くのなら二十日以上かかるが、ペガサスならほんの数時間」
「な、な、な、何と⁉」
「短時間で国中を飛び回り、お茶漬けのための食材を探すことができる。どうかな? 私の助力は必要だろう?」
思わずコクコクと頷いてしまった。
「と、いうわけで、私、ギュンターは、トリクシー嬢のお茶漬け作りの助手になりたいのだが」
どうだろうかと言われ、わたしは承諾してしまった……。
ペガサスの高速移動能力。それがあれば、国中どころか他国にだって……。そう、東南の遠い国、水田も有すであろう国が、きっとどこかにはあって、そこにはササニシキやコシヒカリのような白米様がきっといらっしゃる……。その場へ行くには……船や馬では遠すぎるが……ペガサスなら。
わたしは魅力的な提案にすっかりポーっとなり……、ナイジェル様の四つの理由のうちの、三つまでしか聞いていなかったことは……、すっかり忘れたのであった……。




