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転生悪役令嬢はお茶漬けが食べたい【長編版】  作者: 藍銅 紅@『お姉様はずるい』コミカライズ連載中


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第18話 まさかあなたは……


「覚えているでしょうか? スーパーへ向かう大きな通りの横断歩道。そこで白線だけを踏みながら、飛び跳ねるようにしていた……」

「あー、幼稚園くらいの男の子!」


思い出す、転生前の記憶。


快晴。澄み切った秋の空。

横断歩道を半分くらいまで進んだところで、男の子の足がぴたっと止まった。

男の子のお母さんと思しき女性が「遊んでないで早く渡りなさーい! 信号、赤になっちゃうよー」と大声を出した。

そして……。

「ママー、トラックー!」


男の子が指をさした右手側。

つられるようにしてわたしも見た。


「そう、それが私です。トラックが向かってきて、あなたはわたしを抱き上げてくれた……」


ああ……、そうだ。青い空に吸い込まれるようにして、男の子ごと、わたしの身体が吹っ飛んで……。


「そう、最期にわたし、言ったんだ……」

「はい。その言葉は私もよく覚えています」


わたしとナイジェル様は声を合わせて言った。


「「お茶漬け食べたい」」


自分が死んだときの遺言……ではないけれど、最期の一言。


「その言葉で……、きっと転生前の私は救われました。きっと……鳥居クミさんのご両親も」

「ほえ?」


予想外の言葉に、わたしは淑女らしからぬ声を発してしまった。


「当時私は五歳でしたから。自分を庇って鳥居クミさんが死んだということは認識できなかったんです。ただ、いきなり自分を抱き上げて走りだしたお姉さんが、自分ごと吹っ飛んだ。その意味も分からず。ただ、真っ青な顔で私を抱き上げた母に『お姉さん、お茶漬け食べたいって言ってた。お腹空いてたのかなー?』と、きょとんと言ったのだそうです」


あ、ははははは。


「事故が起きて、警察がやって来て、五歳の私も医者に掛かり……。鳥居クミさんのお葬式には両親が参列させてもらって、私は祖母と一緒に留守番をしていました」


あー、それはそうだよねえ。五歳の男の子がお葬式で静かになんてできるわけはない。お坊さんの読経を聞いて「つまんないー」とか、木魚を見て「ボクもあれ、叩きたいー」とか、騒ぐだろうしねえ……。


「だけど、毎年命日に、父と母は私を連れてお墓参りを欠かしませんでした」

「そう……なんですね……」


ありがとうございますと言っていいものかどうか、迷った。

わたしが死んだ後のことだし、毎年墓参りと言われても……実感はない。


「そして年を経るごとに。鳥居のおじさんとおばさんともポツリポツリと話すようになり、私は中学生になったときには『もうこんなに大きくなったのね』と微笑んでくださり」

「そう……」

「私が成人したときには……、まるで本物の孫のように喜んでくれました」


鳥居クミが、わたしが、守った男の子。その子が両親と交流を持っていてくれたんだ……。


嬉しいというほどの強い感情ではない。

でも、胸の奥がじわりと……疼く。


「そして……、何かの折に伝えたんです。鳥居クミさんの最期の言葉が『お茶漬け食べたい』だったと」

「あははははは。両親、なんて言っていたかしら?」

「鳥居のおじさんとおばさんは……『クミらしいわね』って、笑い顔で、泣いていました……」


もう転生前の父の顔も母の顔も、ぼやけて、薄れて、このまま忘れていくんだろうなあ……なんて。そんなことを悲しく思ったことなんて、なかった。死んで、異世界に転生して、ただ、お茶漬け食べたいなーって、それだけで。


トリクシーとしてのこれまでの人生も、鳥居クミとしての人生も、別に、どうでもよいわけじゃないけれど、それほど重要視していなかった。


わたしはわたしだし。

トリクシーだろうと鳥居クミだろうと、今のわたしが求めるのはお茶漬け。

ただそれだけ。


なのに、今。

『クミらしいわね』って、ナイジェル様が言ってくれた言葉が……。

鳥居の両親の声で、聞こえてきた。


「おとー……さん、おか、あ、さん……」


不意に、目の奥が熱くなって……ボタボタと涙があふれて流れた。


ごめんね。

わたしは鳥居クミだった人生を後悔していないけど、トリクシーになって、新しい人生を満喫って程じゃないけど、お茶漬け食べたいって毎日充実していて。


元気で。

笑って。

たまに怒ったり憤ったり。

ごく普通に生きている。


だけど、おとうさんとおかあさんが『クミらしいわね』って笑えるようになるまで、どれだけわたしは、わたしの死は、両親を嘆かせたのだろう……。


「ごめん……なさい……」


娘を失った後の親のことなんて、欠片も考えたことなかった。


「ごめ……ん、なさ……」


泣き崩れそうになったわたしの身体を、ナイジェル様が抱き寄せてくれた。


そうして、ナイジェル様が、静かに言う。


「……告げた次の年のことです。お墓の前で鳥居のおじさんとおばさんに会って……、ご自宅に招かれました。炊き立てのご飯とおばさんの作った梅干しがあるから、一緒にお茶漬けを食べましょうって誘っていただいて」


ああ、そうだ。思い出した。

お母さんは毎年梅干しを漬けていた。

市販の減塩の梅干しと違って、きっちりと塩をした、昔ながらのしょっぱい梅干し……。


思い出した。


「おかーさん、お腹すいたー」


小学生の頃のわたしが、ランドセルを背負ったまま、玄関を入るなり、お母さんに言った。


「あらあら。今、冷蔵庫に何にもないけど……。お茶漬けでいい?」


わたしは満面の笑みで答える。


「おかーさんの梅茶漬け、わたし、一番好き!」


ああ、そうだ。

そうだったんだ。

わたしが、お茶漬けを好きな理由。

お腹がすくと、お母さんがいつも作ってくれた梅茶漬け。


もう二度と食べられない。お母さんの……。


涙が止まらなくなった。


ナイジェル様の胸にしがみついて、泣いて、泣いて、泣いて……。ナイジェル様はそのまま、何も言わずに、わたしを泣かせてくれた。









挿絵(By みてみん) 

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