第15話 ナイジェル先輩とガブリエラ王姉殿下のご来臨
空から前庭に降り立ったマッチョな馬たち。
その馬がひいてきた馬車。
呆気に取られていたら、マッチョ馬の背から翼が消え、そして筋肉ゴリゴリの馬体が、ほっそりと優美なお馬様に変化していった……。
なんだこれ、イリュージョン?
わたしは思わず目をごしごしと擦ってしまった。淑女らしからぬ仕草だけど、許してほしい。
目の前で起きた出来事が信じられない。
魔法ってすごい……って一言でまとめていいんだろうか?
呆然としたままでいたら、先頭の馬車から二十代半ばくらいの男の人がまず降りてきた。この人がナイジェル先輩という人?
艶やかな黒髪を後ろで一つにまとめた髪型。
いかにも魔法使いっぽい黒のローブ。中に来ているシャツは白。
姿勢がすごく良いというか、シュッとしていて武道でもしている人みたい。袴とか和装が似合いそう……って、わたしが彼を日本人転生者かもっていう思い込みからかしら?
美貌の魔法使い……というか、騎士とか剣士とかみたい。きりっとした群青の瞳。
「ナイジェル先輩ー」
ギュンターお兄様が盛大に手を振れば、男の人は爽やかな笑顔を浮かべた。あ、笑うと鋭い顔が柔らかになる。
「やあ、ギュンター。久しぶり……というほど期間は空いてはいないが」
片手を上げて、ゆっくりとギュンターお兄様のほうに歩いてくる。
「そうですねー。こんなに早く再会するとは思ってもみませんでしたー」
よ、よかった……世紀末救世主伝説的擦り切れた衣服をまとった筋肉マッチョなごっついおにーさんとかじゃなくて。
マッチョ馬同様、持ち主? もマッチョだったらどうしようとちょっと思っていたから、少しほっとした。
ギュンター様とやらは、いったん足を止めると、お父様やお母様に向けてすっと一礼をした。
「魔法省所属の魔法使い、ナイジェル・キースと申します。命令に従い、ガブリエラ王姉殿下をラインシュ侯爵領へお連れいたしました」
耳にかけていた中途半端な長さの黒髪が、さらりと流れ落ちるように揺れる。わー……なんか、キレイ。
「名前からわかる通り、私が元は平民出身のため、礼儀にそぐわない気安い態度となることもありますがご寛恕願えれば幸いでございます」
きっちりと告げててから頭を上げたナイジェル様。
確かに名前にフォンがつかないのは元々貴族ではない証拠なのだけど……。でも、ナイジェル様、どこぞの王太子殿下より、よっぽど礼儀正しいですが……?
「魔法省のナイジェル殿と言えば、その功績により伯爵位相当の身分を陛下より賜っているだろう? 平民出身ではあるが貴族としてのふるまいはもう既に十分できていると思うが」
「領地も何もない、単なる名目だけの爵位ですよ。私の魔法の有用性のため、社交の場に出られるようにとご配慮いただいたにすぎません」
「いやいや、なになに。立派なものだ」
お父様とナイジェル様が、爽やかに微笑みあいます。……貴族の儀礼、ですね……。現代的に言うと名刺交換みたいなモノよ……。ふっ……。
さて、挨拶を終えた後は、皆でガブリエラ王姉殿下を迎えです。
ナイジェル様が、中央の馬車の前に進み、馬車の扉をノックする。
わたしやお父様、ラインシュ侯爵家の皆は、臣下の礼をとって待機です。
「王姉殿下、ラインシュ侯爵家に到着いたしました。扉を開けさせていただきます」
開かれた扉から、ナイジェル様のエスコートで降りてこられたのが……、ガブリエラ王姉殿下。ロズヴィータお義姉様とよく似た面立ちの美女。結い上げられた銀色の髪が、秋の晴天に輝いて、まるで女神のようです。実に神々しくいらっしゃいます。
が……。
ロズヴィータお義姉様が「お久しぶりです、お母様。ようこそお越しくださいました」と言った瞬間に女神の威厳は崩れました。
「ロズヴィータ! あたくしの天使! 会いたかったわ!」
淑女にあるまじき行為ですが、ロズヴィータお義姉様に走り寄り、そのお体をぎゅっと抱きしめられました! うおお!
「ああ……、あなたをこの腕で抱きしめられるなんて……!」
「お母様……。お会いしとうございました。お越し下さりありがとうございます」
美女母娘の抱擁……。百合派ではないわたしでも、思わず「眼福!」と唸ってしまいそうなほどの麗しい光景です。
なんてコッソリ萌えつつも、わたしは、臣下の礼を崩さずにおります。
何せ、わたしのわがままで王姉殿下を我が領地まで来させたようなものなのだ。王姉殿下からお声がかかるまでは、粛々として待機。
そうして、王姉殿下がお父様やお母様と二言三言、挨拶を交わされた後、わたしに笑みを向けてくださいました。
「こうして娘に会えたのもあなたのおかげね、トリクシーさん」
「とんでもないことでございます……。わたくしのわがままをお聞きいただきまして……。ありがとうございます。そして、申し訳ございません」
「謝るのはこちらのほうね。アントンの馬鹿さ加減はあたくしも聞き及んでいるわ。アントンと弟を諫められなくてごめんなさいね」
弟とはつまり、現国王陛下。
国王を諫められない姉を謝罪されてしまった。うひー!
「いえ、わたくしも……、王太子殿下に対し、何も言えないままでございまして、申し訳ございません」
「血縁者としてアントンを諫めることはできるけれど、それはまず弟が親としてするべきなのが筋よね。弟を真っ当な親にしたくて、あたくしは一歩引いているのだけれど……」
国王陛下と王姉殿下。
弟と姉の関係からしても、姉のほうがお強い。しかも国王陛下のシスコン……うにゃうにゃ、王姉殿下への崇敬はかなりのものなんだけど……。
だから、王姉殿下が国王陛下に、強くアントン王太子殿下は阿呆だ! とか言えば、国王陛下はそれなりに対処はするわよね……。
でも……、王妃様がどう出るか……。
王妃様は唯一のお子であるアントン王太子殿下を溺愛している……。
そして、国王陛下のシスコンぶりを責める……。
嫁姑戦争みたい……。しかも姑は物事がわかっていて、嫁がおっかない……。
板挟みの国王陛下のご心痛や如何に……なんて、不敬かなー……。
だから、王姉殿下は色々分かっていながらも、あまり強く「アントン王太子をなんとかしろ!」とは言えないのよねー……、多分。
「あたくしから一応弟に忠告はしてきましたけれど。馬鹿の親も馬鹿なので、あたくしの言葉がどこまで届いているか……」
ため息を吐かれる王姉殿下。
「いざとなったら、馬鹿どもの頭を叩いて差し上げますけど。まあ、とりあえず、半年間は猶予を上げるつもり。その間に弟がアントンを諫めてくれればいいのだけれど……。ということで、あたくしは貴族学院の卒業の時まで、こちらに滞在させていただくわね」
「ありがとうございます……!」
王太子が阿呆ならば、その行動を諫めるべきは親である国王陛下。
王姉殿下は忠告はするけれど、出しゃばることはしない。
言うべきことは言った上で、余計なおせっかいはしないようにとラインシュ領に滞在してくださるのだ。
……それと後、嫁いだ娘に会いたい母親としての本音もあるかもしれないけど。もしかしたら、他にも思惑があるかもしれないけど……。
でも……、王都に王姉殿下が不在にしている間に、王妃様がアレコレ幅を利かせたりとか……。その辺はいいのかな……?
わたし、背後関係、あんまり考えずに、わたしのアリバイ保証のために、安易に王姉殿下を呼び寄せてもらっちゃったけど……。
大丈夫かな? ありがたいんだけど……。
でも、王姉殿下の立場が危なくなるようなら、ラインシュ侯爵領に来ることを承諾なんてしないよね?
とにもかくにも、わたしは深々と頭を下げたのだった。




