第13話 阿呆殿下よりも梅干し優先です!
がっつりな昼餐を終えて、今度は家族専用のサロンに移動します。
昼餐後は別の部屋へ移動して、薫り高いお紅茶をいただきながらゆったりと家族の会話を楽しむのです。おほほほほ~。
貴族の様式美。うむ。苦しゅうない……と言ったところでしょうか?
大きな丸テーブルと、家族の人数分が一人がけ用ソファがあるサロンに家族みんなでぞろぞろと向かいます。
と、すると……。
「……悪いけど、飲ませてくれるかなー?」
ギュンターお兄様が。
「これからする話、アレでしょ? ちょっとやってられない気になるからさー」
お母様がお顔を顰めます。
「……お酒は話が終わった後になさいな」
でも、夕食前に飲むな……と止めないあたり、お母様もギュンターお兄様同様、やっていられない気持ちになっているのでしょう。
せっかく豪華な昼食を食べた胃がキュルキュルと痛みそうですねー……。
全員がサロンの部屋のソファに座り、そして、紅茶をいただく。
そう……紅茶をいただくはずなのに……、何故だか使用人たちが大量の酒瓶を運んできます……。
え、えと? あの? それなに?
ギュンターお兄様お土産的な何かなのかしら?
飲ませてくれるかなーとギュンターお兄様が今言ったところからすると、紅茶をいただくのではなく、昼から酒盛りの予定だったのかしら?
でも……お母様は話が終わった後とかおっしゃったし。
お父様は……と見れば、顰め面です。ううむ……。給仕された紅茶をお父様は無言でお飲みになっています。
そして……。
「さて……、トリクシーと王太子殿下の婚約のことだが」
重々しく言った後、話を続けるのかと思えば。
「ブランデーを」って低い声で。
お、お父様ぁ?
給仕が香りづけ程度のブランデーをそろそろと入れますが……。
「足りん。もっと入れろ」
お父様。それではブランデーの紅茶割りになってしまいます……。
「あ、俺もー」
ギュンターお兄様がお父様と同じグランデーの紅茶割りを所望しました。
ちらとお母様を見れば。
「わたくしにもブランデーで香りづけをお願いね」とおっしゃいます。
うをををををををを? お母様、お酒は駄目でも、ブランデー入り紅茶はセーフなのですか⁉ 逆というか、紅茶入りブランデーと化してますけどいいの⁉
その紅茶入りブランデーを飲み干されるお父様、お母様、ギュンターお兄様。
こ、これはマジで……話が怖そうだぞ?
わたしと、フォルカーお兄様、ロズヴィータお義姉様は、無言継続で、紅茶のカップから湯気が上がるのをじっと見ているしかできません。怖い。
お父様はブランデー入りの紅茶をお代わりして、それも飲み干した後、ようやく話し始めました。
「……トリクシーの希望通り、王太子妃教育は停止、婚約破棄も可能だそうだ」
わー! よかった! 嬉しい! なんて、喜ぶにはお父様たちの様子がおかしいのだけれど……。
「ただし、婚約を破棄するのは貴族学院の卒業パーティの場でだと」
んんん?
今すぐではなく、どうして半年も先の卒業パーティでって指定するのかしら?
イヤーな予感、どんどん増し増しです。
「……卒業パーティでの断罪。そして、国外追放」
「は?」
「……トリクシーを悪役令嬢と断罪、国外追放の刑に処すだのなんだの、流行の小説だか演劇だか何だか知らんが、それになぞらえて、大々的に婚約破棄を行いたいと! あのクソ王太子がっ!」
「はあ⁉」
えーと、ちょっと待ってよ? 今お父様がなんて言ったの?
物語や演劇のように、わたしを悪役令嬢に仕立てて、婚約破棄して断罪⁉
なにそれ、どこの乙女ゲーム⁉ どこのラノベ⁉ 異世界転生したら悪役令嬢でしたってコト⁉
「何故っ! トリクシーが阿呆どもの演劇ごっこに付き合わねばならんのだ!」
お父様のお顔が、まるで閻魔大王様でございますよ。真っ赤になって、怒り狂っている。
あーあー……、馬車の中とか昼餐の時は、これでもちょっとは我慢していたのね。
ちらとお母様を見れば……、雪の女王のようでございます。
ビヒュウウウウううう……と、荒れ狂う雪嵐の幻覚が見えそうです。怖い。ぶるぶる震えてしまいますわ……。
ギュンターお兄様はと言えば「おかわりー」と給仕の者に言いつけて、もはや紅茶の風味付けブランデーと化した飲料をガッポガッポとお飲み続けていらっしゃいますし……。
あ、あああ……、更にテーブルの上に並べてある酒瓶にまで手を付けた!
まさか、ビンのまま直接お飲みにはならないですよね……って、ちゃんと給仕にグラスを用意させました。ちょっとほっとしたりして……。いやいやいやいや、侯爵令息なのに、手酌で飲みだしたー! 飲み干して、更に別の酒瓶に手を伸ばしたギュンターお兄様……。の、飲み過ぎー!
酒瓶、全部、隠すように使用人に命じたほうが良いんじゃないかしら……と思って、ふと見たら。
ん?
んん?
んんんんんんん?
並んでいるお酒は……琥珀色のブランデーとかウイスキーとか、アルコール度の高いものだけではなく、ぶどう酒と……、それから……、コロンと丸いオレンジ色の果実入りのお酒がある
こ、これって……。
「あの……、これ、もしやアンズのお酒では?」
「ん? トリクシーも飲むかいー?」
「いえいえいえいえギュンターお兄様! 飲むのではなくて、このお酒の中の果実が気になるのです‼」
「果実ー?」
「はいっ! わたしが今探している梅という果実によく似ていると思いまして……」
多分これ、梅じゃなくて、アンズとかアプリコットとか、小さめの桃的果実かもしれないけど……。
ギュンターお兄様はアンズ的果実入りのお酒の酒瓶をひょいと手に取って、じっと見る。
「ああ、これねー。魔法省の仲間の……ええと、ナイジェル先輩からのお土産でー。っていうか、テーブルの上の酒瓶、実は全部俺のなんだけどねー」
「は? 全部?」
「俺ねー、魔法省のほうはいろいろあって退職したからさー。私物もぜーんぶ引き上げて……。これは退職祝いのお酒なんだー。ウチの屋敷に着いたら全部飲み切ってやろうと並べてもらったんだよー」
退職って何? 私物? この大量の酒瓶のお酒、全部飲んだら急性アルコール中毒!
あれこれツッコミたいところはあるのですが。
それよりも!
梅えええええええ!
「ギュンターお兄様! そのナイジェル先輩という方をわたくしにご紹介願いたいです‼」
どこで買ったの? どこかの果樹園で買ったのであれば、その場所をお知らせしていただくだけでも!
このお酒を作っているワイナリーなりどこかなりに行けば、梅に似たアンズっぽい果実がきっとある!
あれば梅干しに似たものを作れるかもしれない!
いやっほー!
思わぬところから梅干しへのルートが開いたわ!
「紹介するのは別にいいけどねー……、婚約破棄のほうはー?」
「そんなもの放置ですわ! 卒業パーティでの婚約破棄だの断罪だの、勝手になさるがいいのです! 阿呆殿下とお別れできるのであれば、わたくしはどうでもいいのです!」
梅干し優先!
異論は受け付けませんのことよ‼
「だ、だけど、トリクシー。卒業パーティなんかで大々的に婚約破棄されれば、トリクシーに傷がつくんだよー。社交界での評判もさー」
ギュンターお兄様はあわあわしていらっしゃいますけど。
「落ち着いてくださいませ、ギュンターお兄様。阿呆殿下がわたくしを卒業パーティで断罪した程度で揺らぐラインシュ侯爵家ではございません」
わたしはきっぱりと言い切った。
なにせロズヴィータお義姉様のお母様は、現国王陛下のお姉様だ。最強女神がバックについているのだ。ロズヴィータお義姉様とフォルカーお兄様が離縁しない限り、我がラインシュ侯爵家は安泰なのである。
「いやいや、ラインシュ侯爵家の話ではなく、トリクシーの評判がー……」
「評判程度気にしませんが。それに、何を元にわたくしを断罪するのです? 王太子殿下のお気に入りの桃色髪の平民上がりの小娘を虐めたとかですか?」
何かの小説に感化されて、大々的に婚約破棄すれば、王太子殿下はご自分の御主張が通るとでも思っているのかしら。阿呆ねえ。
「虐め……なんて、していないよねえー……」
「もちろんです。名前も知りませんし、直接話したこともございません。王太子殿下が小娘とイチャコラして、わたくしとの約束を破ったことなど何十回どころか百以上もありますけど」
王城で、わたしがずーーーーーーーーーと王太子殿下を待ち続けたことなど王城の使用人たちや警備の者は誰しもが知っている。
何せ、婚約して約十年。
わたしはきっちりと毎回時間通りに王城に行くが、その王城のサロンや薔薇園で王太子殿下を待っていても、時間通りに来たことなど一度もない! 何時間も待たされて来なかった。
ああ、わたしがご不浄に行っていた隙にやって来て、エラそーにわたしを責めたことはあったけどね!
そういうのを、ずーーーーーーーっと、城の護衛たちや使用人、庭師たちだって見てきているのだ。
しかも、この間、わたしは「もう来ない!」とめっちゃ怒鳴ったのだ。
「待っていたって来やしないわよ! 婚約を結ばされた十歳のときから約六年っ! わたし、毎週王城に来ているけどっ! 婚約者の交流時間だっていうのに阿呆が来たのは数回じゃないっ! 来たところで遅れたことを謝罪もしやしないしっ!」とか「もう! これ以上! わたしは王太子殿下なんかに付き合いきれないっ! 不敬罪だのなんだの言われても、王太子殿下がわたしに謝罪をするまでっ! 王城に来ないし、王太子妃教育も受けないわよっ! 国王陛下にもそうお伝えしてちょうだいっ!」って。
きっと既に「さすがの侯爵令嬢も堪忍袋の緒が切れた」とかなんとか、王城中の使用人に噂が回っていることだろう。あ、堪忍袋は日本のことわざだから、表現は別だろうけど。
国王陛下のお耳にも届いているんじゃない?
ふっ。瑕疵は王太子殿下の側にある。わたしにはない。故に、問題はない。
「テキトウな証拠とかを王太子殿下が用意したところで、冤罪でしかないです。わたくしの潔白は証明されます」
「でもねえー……」
「どうせ王太子殿下は、わたくしが桃色頭の小娘を虐めたとか、学園で教科書を池に投げ入れたとか、スカートをナイフで切ったとか、くっだらない阿保らしい理由で断罪するのでございましょう?」
演劇や小説に感化されたというのなら、その程度だろうし。
わたしが王太子殿下を愛さないからだ云々阿呆なこと言ったとしても、誰が、約束している時間に毎回遅れるどころか、何時間も待たせた上で謝罪もしないクソ野郎を愛せるというのか。
顔を洗って出直してこい! と告げてやる。もちろん淑女の用語に変換してではあるが。
「わたくしは今、我が領地に居て、卒業パーティまで領地から出ない予定なのです。それでどうやって小娘を虐めたなどと主張できるのでしょうか?」
「だけどさー……。学院にいたことを捏造でもされるかもよー」
休学届も出しましたし。
わたしが学院にいる方がおかしいのですが。
まあ、でも、お兄様を安心させるため、対策を打ちましょうか。わたしは青い顔でじっと黙ったままのロズヴィータお義姉様を見る。
「ロズヴィータお義姉様。お義姉様のお母様にしばらく我がラインシュ侯爵領にご滞在願うことは可能ですか? できればすぐに、そして卒業パーティの時期まで」
ふふふ。
国王陛下よりお強い最強女神さまのお傍にわたしが居れば、わたしのアリバイは保証されたも同然!
いくら王太子殿下がわたしの罪を捏造したところで無駄無駄ムダああああああ! 正義は我にあり! なーんてね。
ロズヴィータお義姉様はわたしの言いたいことをすぐにご理解くださった。
「ええ。すぐに母に手紙を書くわ。母は飛んできてくださるでしょう。それこそ護衛や使用人も大勢引き連れてね」
ロズヴィータお義姉様が笑顔になれば、お母様も。
「ガブリエラ王姉殿下をお迎えする準備をしなければね! 屋敷中をピカピカに磨くわよ!」
気合入りまくりです。あ、磨くのは当然使用人さんたちだけど。
……余計な仕事を増やしてゴメン。あとで料理人さんたちに頼んで塩レモン冷やし麦茶、差し入れしてもらおう。
「あ、待ってー。手紙が書けたら俺に下さい。通信魔法で王都に送りますからー」
と、ロズヴィータお義姉様に向けてギュンターお兄様が言う。「よろしくおねがいしますね」とロズヴィータお義姉様は、素早くサロンを出て行った。
行動早いわー。
ありがたいわー。
さあ! これで梅干し様を作ることができそうですよ! ひゃっほーい♡




